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−谷川さんは、毎年チャリティーハーフマラソンを開催していらっしゃいますが、その思いやきっかけはどんなものだったのですか?
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1997年の東京国際女子マラソンで朝日新聞が地雷廃絶をテーマに開催したのですが、その時たまたま選手宣誓をやらせてもらったんです。そこで色々な資料を読ませて頂き、恥ずかしい話、地雷問題についてあまりに知らなかったんですね。そして1998年長野オリンピックが開かれ、イギリスの元軍人クリス・ムーン氏に出逢ったんです。
彼はモザンピークで地雷を取り除く作業をしていて、爆発の事故で、右手右足をなくされた方なんですが、その方が最終聖火ランナーだったんですよ。箱根からスタートして、東京に戻ってきて、約100キロ、彼は義足で走るんですね。
そして、長野オリンピックに参加している70カ国の大使館に「地雷を無くしましょう。」というお手紙を持って走るわけです。それを一緒にやってもらえないか、と声をかけて頂き、一緒に走らさせてもらったんです。
クリスさんが言うには、「自分は障害を持っているけれど、自分は健常者以上のことが出来る。だから障害を持っている君達、勇気を出して社会に参加しようよ。そして地雷を取り除くにはお金が必要だ。」とね。たまたま同い年だったんですが、一緒に走って、彼の強さを心底強く感じたんです。命がけで走っていて。
それがきっかけで、自分が走ることで何かができないか、と思い始めたんです。それがチャリティーマラソンを始めたきっかけですね。
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| −マラソンによって変ったことは何ですか? |
自分が本当に強くなり過ぎた、ということですかね。(笑)
いろんな世界が見えてきて、自分の事もいろいろ分かりましたし、絶対出来ないと思っていたことが出来るようになる。忍耐強さも含め、自分で決めた事には負けません。
そして何をするのにもまず自分の意志を確認します。本当にやる気があるのか、ないのか。そこでもし納得の行くものでなかったら、徹底してやらない。自分が本当に「やる」という気持ちがあったら、「やれるだろうな」、と思いますね。
そういった精神的な強さは、マラソンを始めてからつきました。
ご存知の通り、マラソンは競争であり、自分一人で走っている訳ではありません。でも人と競争するとペースも乱れるし、疲れてしまう。歩幅が違ったり、リズムが違うと自分の走りまで変わってきてしまうんです。だから私は、人と競争するよりも自分と競争したいと思っています。自分に勝てれば、自分の走りが出来れば、レースにも勝てるんですよ。
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−自分に勝つこと。重い言葉ですね。 |
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−谷川さんはOLからマラソンランナーに転身というと面白い経歴をお持ちですが、どんなきっかけがあったのですか? |
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当時私は社会人4年目で、仕事や人間関係にも慣れてきた頃でした。仕事をやる意味だとか何となく物足りなさを感じ始め、漠然と「こんな生活でいいのかな。」とか「こんな風に私の人生終わってしまっていいのかな。」と思っていた時だったんです。そんな時、たまたまお花見に誘われて、会社のすぐ近くにある皇居までお昼に行ったわけです。そしたら、結構な数の人が走っているんです。私は中学、高校とずっと陸上をやっていましたし、その光景が凄く新鮮で、ここでなら今の自分がどれくらいの力なのか試すことができるのかもしれないって衝撃を感じてね。次の日からもう走っていました。(笑)
仕事をしながらですので、お昼の時間に走りに行くのですが、会社に帰ってくると真理さん専用って書かれた麦茶が用意されていたんです。本当に周りにいた方々が優しかったんですよね。感謝しています。それがきっかけで、また走り始めたわけです。
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−皇居での練習はどんなものだったのですか? |
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練習は高校時の基礎があるので、自分でアレンジしたり、皇居で知り合った人達に教わったりしながらやっていました。でも一周5キロを走りながら、男性ランナーを振り切るのが一番楽しかったですね。おしゃれをしながら走っていましたし。(笑)
そんな風に練習を続けていたある日、都民マラソンでトップになったらシドニーに派遣してくれるという話を耳にして、タダでシドニーに行ける、と一気にやる気になってしまったんですよ。馬ににんじん状態。単純ですね。(笑)でもその後はかなりトレーニングしましたよ。皇居も2周(10キロ)に変更して。
やり出したら止まらない性格ですから、自分が納得行くまでね。資生堂に入った時も良品計画にいた時もそうですが、自分の好きなように自由に走りたかったんですよ。だから自分で自分の練習を作ったし、それを許してくれる環境だったこと。これは本当に幸せなことです。
それにね、私はプロになっても皇居で走り続けたかったんですよ。市民ランナー達、今まで一緒に走ってきた人達と一緒にね。それぐらい皇居で走ることが好きで。だから、ずっと皇居には通っていましたね。自分の走りをするために。
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