渡辺 真由子(わたなべ まゆこ)
メディアジャーナリスト
放送局報道記者として、いじめ自殺を取材したドキュメンタリー「少年調書」で日本民間放送連盟最優秀賞など受賞。その後カナダのメディア分析所に留学し、メディアリテラシーを研究。インターネットやテレビ、新聞などのメディアを"賢く"読み解くためのノウハウをわかり易く解説。
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Vol. 11 『児童ポルノ~A子の体験』
(2011年03月10日)
「児童ポルノ」という言葉を耳にするたび、A子(23)は体を固くする。「もし、あの写真を見られたら」
白い肌に長い黒髪を持ち、スラリと背が高いA子。中国地方の高校を卒業後、上京して芸能事務所に所属した。テレビでちやほやされるようなタレントになりたかった。
「デビューへのステップ」として紹介された仕事は「着エロ」。「着衣したエロ」の略で、面積の小さい水着などを身に付けたまま、カメラに向かって卑わいなポーズをとる。恥ずかしかったが、カメラマンやスタイリストが自分のためだけに動いてくれることに「嬉しさの方が大きかった」
当時A子は19歳。だが撮影された画像は「16歳の女子高生」と謳われ、インターネット上で販売された。名前こそ偽名だが、素顔がさらされている。「別に嫌じゃなかったです。自分の姿を多くの人に見てもらえるのが、誇らしかったですね」
幼い頃に母親を亡くし、父親一人の手で育てられた。大手メーカーで忙しく働く父は、A子にあまり構ってこなかったという。夜遊びや朝帰りをしても問い質されることもない。「認められていない」との思いがいつもあった。着エロはそんなA子が、自分の存在意義を確認出来る場だった。
「こういう仕事って、『お金のため』って言えば世間は納得するじゃないですか。私たちも面倒くさいから、とりあえずそう説明する。でも着エロをやってる子には、裕福な子や偏差値が高い大学の子もたくさんいますよ」
着エロの世界は競争が激しい。若い子が次々と入ってくる。仕事は次第に来なくなった。「目が大きい方が仕事をもらえる」と事務所に言われ、瞼を二重に整形した。だが状況は変わらない。次に紹介されたのは、アダルトビデオの仕事だった。
ビデオの撮影では、乱暴なプレイもされた。嫌だったが断ると次がないため、「いい子」でいた。その仕事も少なくなると、ソープランドに回された。それでも「必要とされている」との実感がA子を満足させた。
足を洗ったのは、3年間の風俗業で貯めた800万円を当時の彼氏に持ち逃げされたから。現在は新たに結婚を約束した男性がいる。彼はA子の過去を全く知らない。着エロやAVの画像は、いまもネット上に漂っている。「婚約者には絶対にバレたくない。児童ポルノを撲滅させて欲しい」
孤独や虚栄心につけ込む。それが児童ポルノ・ビジネスだ。