山崎 雅保のコラム「子育てカウンセリングレポート」
山崎 雅保(やまざき まさやす)
心理カウンセリングルーム「ハートピット」所長
心理セラピストとしてカウンセリングを担当する一方、親子問題、教育問題、更には心の健康に関する執筆活動や教育関連の団体での講演会を精力的に行う。講演は全国の教育関連担当者達の間でも好評。
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Vol. 24 『日本人は子育て下手になってしまったようだ』
(2010年03月05日)
昭和に入って以降の日本社会は、どうやら、それ以前の日本社会に比して、子育て下手になってしまったようだ、とボクは体感しています。
親子の間の心の問題、家族の中の心の問題に対峙せざるを得ない心理カウンセラーという仕事のせいで、いささか悲観的になってしまっている懸念もあるにはあるかもしれません。けれど知己である小学校教師たちや保育士たちの見解を総合しても、悲観的な気分にならざるを得ないのが実情です。
そのようになってしまった背景は多様です。働きすぎを余儀なくされる経済事情も大きく作用しているでしょう。長い不況に入ってからはなおさらのことです。夫婦ともどもゆとりの持てない共働きを余儀なくされてしまい、子どもに手間と時間をかけたくてもかけられないという事情もありがちでしょう。
テレビ、ビデオ、DVDなどに家庭を侵略したあげくに、コンピュータゲームやパソコンが家族団欒の崩壊にとどめを刺したという悲惨な状況も少なくありません。
国土と文化を荒みに荒ませた大戦争は、終結から60余年を経た今もなお、日本人の心に傷を残し荒ませているのだと、ボクは感じ続けています。
数年前のこと、物理学者であり夏目漱石を師とする随筆家であった寺田虎彦の作品を愛読した時期がありました。どの作品にもただよっていたのは、父親としてわが子らを愛しみ、大人としてあらゆる子ども達に温かい視線を向け、夫として妻をいたわる「穏やかな愛」でした。
寺田虎彦の筆が盛んだったのは明治の終盤から昭和の初期まででしょうか。あのころの日本の家族は、経済的には貧しかったにしても、日々の暮らしの中では昨今とは比べられないほど豊かに心を交わしていたのが一般だったのだと想像します。
父親としてのわが子たちへの愛、夫としての妻への愛。それを思うときによみがえるのは、有島武雄の『小さき者へ』の一節です。彼は、おそらくは幼い子どもらを遺して死した妻への思いに慟哭しながら、以下の文を記したのでしょう。
「十分人世は淋しい。私たちは唯そういって澄ましている事が出来るだろうか。
お前達と私とは、血を味った獣のように、愛を味った。
行こう、そして出来るだけ私たちの周囲を淋しさから救うために働こう。
私はお前たちを愛した。そして永遠に愛する。
それはお前たちから親としての報酬を受けるためにいうのではない。
お前たちを愛する事を教えてくれたお前たちに私の要求するものは、ただ私の感謝を受取って貰いたいという事だけだ。
お前たちが一人前に育ち上った時、私は死んでいるかも知れない。
一生懸命に働いているかも知れない。
老衰して物の役に立たないようになっているかも知れない。然し何れの場合にしろ、お前たちの助けなければならないものは私ではない。
お前たちの若々しい力は既に下り坂に向おうとする私などに煩わされていてはならない。斃れた親を食い尽して力を貯える獅獅の子のように、力強く勇ましく私を振り捨てて人生に乗り出して行くがいい。」
ボクは、この抜粋の、とくに終盤の3行に強い共感を覚えます。親孝行を強いがちな昨今の日本の風潮を念頭にして、あらためて有島の思いを味わってみてください。親とは、このような決意と熱意をもって子どもを育み、己が命を子へと受け渡してゆく存在であるはずだ。ボクはそう思うようになりました。心理カウンセラーとして過ごす歳月が重なるほどに、さらに強く強くそう思い念じるようになりました。
親孝行などしようと思うなよ。親に恩を感じるのだったら、恩との思いを愛に換えて次の世代の子どもたちに注いでやってくれ。
ボクは、そういえる親であり続けたいと考えています。これからも出会ってゆくだろうたくさんの母親たち父親たちにも「そのようにわが子を愛せるとよいですね」と伝え続けたいと念じています。
「講師の心com.」には丸2年間連載させていただきました。ここで出会ってくださった皆さんに感謝いたします。またのご縁があってほしいと願っています。
2010年春を目前にして 山崎雅保拝