川口 雅裕(かわぐち まさひろ)
人事コンサルタント
株式会社リクルートコスモス(現株式会社コスモスイニシア)人事部にて、採用、労務管理、教育研修、人事制度の設計などに従事。経営企画室で広報課長としてメディア対応、IR活動を行う。現在は主として中堅・中小企業を対象として、組織人事コンサルティングを行うほか、人事分野の講演活動を積極的に展開する。
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Vol. 3 『コーチングは人材育成に有効か?』
(2010年06月25日)
■<ゆとり教育>と<コーチング>のコンセプトは似ている。
教科書の分量が増えることになるなど、「ゆとり教育は失敗だった」という評価が定着したようです。「円周率=3」という枝葉末節な部分がクローズアップされて、学習塾でも「ゆとり以前の内容を教えています」というのをウリにし、企業からも「ゆとり世代がやってくる」などと、手のかかる難しい世代というネガティブなレッテルを貼ったような声が聞こえてきます。しかし、少なくとも「暗記力に優れた受験秀才を評価する教育ではなく、自主性を重んじ、自分で考える力、生きる力に優れた個性を育む」といったコンセプトに対して、当初は多くの人に異論がなかったことを忘れてはなりません。
理由は、これと同じことが企業でも起こっているのではないかと感じるからです。具体的には、<コーチングの流行と広がり、定着>です。
「押し付けない。与えない。自分で考えさせることによって成果が上がるようになり、人が育つのである」という、現状多くの企業やビジネスパーソンに受け入れられているコーチングのコンセプトは、"ゆとり教育"のそれとそっくりであって、コーチングが人材育成に効果的だというのは、「ゆとり教育の顛末」を見て本当にそうなのかどうか考えてみるべきだと思うわけです。
確かに、「部下の能力を引き出し、目標達成に導くようなコミュニケーションをしよう」、「自分で気づかせることで自主性のある行動がとれる、自分で考えさせることにより自律的に成長していける人材を育てる」というコンセプトはいい。しかし、そのようなコーチングの考え方やコミュニケーションの仕方が、ほんとうに成果や人材育成につながるのかどうか。カリキュラムとコミュニケーションという違いはありますが、詰め込むな、考えさせろという点では同じであって、コーチングはゆとり教育の二の舞になるのではないかと危惧します。
■上司に、コーチングを上手に行う余裕やノウハウがあるのか?
もう一つ、両者に共通していることがあります。ゆとり教育がうまくいかなかった原因の一つは、コンセプトを具体的に実行できるような環境や能力が現場になかったことだと思いますが、企業においても同様に、現場のマネジャーには余裕もノウハウもありません。ゆとりのカリキュラムで生まれた時間を、現場の教師が忙しくて上手に使えなかった、またどのように使うかというノウハウもなかった結果、子供がヒマになっただけで、(議論のあるところですが)学力も低下したわけです。
企業でも、現場のマネジャーは自分の目標達成や業務上の問題解決に精一杯になっている中で、コーチングのような時間のかかる丁寧なコミュニケーションを実行することが可能なのかどうか。そもそも、上司の皆さん方が本を読んだり研修を受けたりして、見事なコーチに変身できるほどコーチングとは簡単な技なのか。また、「教えない、押し付けない、詰め込まない」というスタンスは、マネジャーにとって楽なことこの上ないので、話を聞いている、質問しているだけの"コーチング(っぽい会話をする)上司"がどんどん増えてしまい、その結果、メンバーの知識不足、鍛錬不足に拍車をかけるだけになるのではないか。
"ゆとり教育"に関する反省を、ひとごとではなく、自社の人材育成に照らして考えるべきでしょう。成果が上がらない、成長してこない、自主性がない、自立していないのは上司・部下のコミュニケーションに問題があると決め付けて「コーチング的会話」を奨励・導入する例が増えていますが、もし勉強不足・経験不足が問題なのだとすれば、教えない・詰め込まないなどというコミュニケーションは逆効果であって、そんな"ゆとり教育"をやっている場合ではありません。
昔ながらの日本の組織の、日本の上司たちのコミュニケーションの在り方を自分たちが率先して否定して「コーチングごっこ」にかまけていていいのか。無定見にそんなことをした結果、どんどんレベルが下がっているだけ...という結果にならないのだろうか。そんな不安を覚えるのです。