|
第5回 「夢ってかなう」
自分と違う人間を知らなければ、見えないことがあります。
師走の忙しい時期、寒さを緩和してくれる心温まる講演を、今回はご紹介致します。
待ち合わせの20分前に駅に着きました。先生より前にお待ちしているのが、講演の基本ですから、それは当たり前のことだったのですが、ビックリしたのは、中村さんの方が、先に駅で待っていたということ。車イスにちょこんと座り、120センチの背丈の中村さんは、人ごみの中で私を探していました。
車イスの場合、駅に着いてからすんなり電車に乗れるとは限らないので、予定より前に家を出る必要があるようです。急いで駆け寄る私に、「私は車イスなので、座って待つことが出来るから問題ないですよ。」と笑いながら、言葉をかけてくれました。寒い中、少し低い目線で世界を見ている中村さんが、妙に強く見えたのはその時です。
東京にある専門学校で、看護を学ぶ学生さん向けにその講演は開催されました。
「夢ってかなう」。それが演題です。シンプルですが、響きがいい。
早産の未熟児で産まれ、脳性麻痺という障害を抱えて生きる中で、自分の可能性を試すために社会に出る。「自分も税金を払いたい」という気持ちから。ご自身が障害者として生活する上で、国の税金に支えられている部分があった。車イスもそう。そうやって税金で生きていながら、自分が何も出来なかったら、自分の生きている価値が見出せなかったと語ります。
ここから中村さんの挑戦が始まる。シナリオライターを目指し、ワープロを手にした瞬間から、世界が変った。漢字を手に入れたのは、その時です。「嬉しくてひたすら漢字に変えていたら、中国語の文章みたいなのがたくさん出来上がり、自分でも読めませんでした!」と明るく言い放つ。
ATGで脚本賞を受賞した時のお話や、日本テレビでの編集局で働いた時のお話では、自分の障害を逆手にとって、それを笑いに変えてお話をするので、おかしくておかしくて会場が笑い出したら止まらないという様子でした。
自分の本の帯を「ふぞろいの林檎たち」のシナリオライター、山田太一さんに書いてもらいたい、と出かけていった時、車椅子で坂をひたすら登ったお話。負けず嫌いだという中村さんは、何よりも行動力が凄い。
そんな中村さんの原動力は、ご自身で向き合っているタイムリミット。50、60歳になると2次障害が出て、今かろうじて動く片足が動かなくなり、車椅子に乗ることも出来なくなるという。だからこそ、新しいことに挑戦する。動ける時に精一杯動きたい。笑いを大事にして、明るく生きる中村さんには、そういう思いがあります。
「障害があるから出来ない、無理」という考えを抱きがちな障害者。中村さん自身もかつては「僕はいいです。」というのが口癖だったそうです。しかし、いざ自分が動いて、どうしてもできない事は「お願いします」と声を出して言ってみると、社会に暮らすたくさんの人たちのやさしさを感じられたのだと言います。
もし自分が出来ない事があるのであれば、手を差し出す勇気を。
もし自分が出来る事があるのであれば、手を差し伸べる勇気を。
そして「ありがとう」という言葉で繋がって、一緒に幸せになればいい。
前向きな心、そして自分の持つ障害を明るく強く吹き飛ばし、突き進む姿に励まされます。
そしてそんな中村さんのお話は、協力する社会や福祉を考えるきっかけになるはずです。
(2004年12月20日 株式会社ペルソン 無断転載禁止)
|