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第14回 「毎日を大切に生きること」

まだ夏が名残惜しそうに残る9月初旬。
今回は2日続けて講演に同行させて頂いた。
1日目は長野、次の日は東京。前日は名古屋からの移動だった。
待ち合わせは、講演前日、名古屋駅。
改札から出てくるフェミニンなヒールからすらりと伸びる足。アスリートという響きというよりヌーベルバーグの女優と見まがえるほどだ。シンクロと言えば、水中から足を上げる演技が思い浮かぶが、やはり体のライン、軸が天井の方に引っ張られているかのように真っ直ぐに伸びている。その姿勢の良さは女性が見ても憧れる。
1日目の長野は高校、2日目の東京は、「世界を目指す心と身体のパフォーマンス」と題して、ある組合の会員を対象とした講演だった。トヨタ自動車等の企業や青年会議所での講演も多い武田さんだが、やはりどこも一番興味を示されるのは、目標に向かっての厳しい練習、それを支えるモチベーションの維持方法や最高のパフォーマンスを出す為の意識作りのお話だ。
その部分を少しだけ紹介したい。
講演の冒頭に武田さんの演技を紹介する映像がおよそ10分流れる。
アテネオリンピックの映像が流れている間、その幕の裏で、武田さんは少し動揺していた。
引退してから、1年経った今でも、音楽を聴くと身体に流れる血が全てを思い出したかのように騒ぎ、胸のあたりがきゅうっと締め付けられるのだという。
あの独特の緊張感。オリンピックまでの厳し過ぎるほどの練習。
「懐かしい」という単純な響きではない。
自分のやりたいことをやり切った。
自分の演技が出来た。 |
映像の後、武田さんはそう言葉を添えた。
武田さんは、アトランタ、シドニー、アテネと3回のオリンピックに出場しているが、引退となる最後のアテネまでの練習時間は1日10時間以上。1日の殆どをプールの中で過ごし、井村雅代コーチの指導も全て立泳ぎをしながら聞くため、1日で2kgの体重が減ってしまうこともあったという。だから食事もトレーニングのように摂取するしかなかった。
そんな中、「毎日何の為にやっているのだろう?」という感情に悩まされた時期があったという。アトランタオリンピックの後、立花美哉さんという先輩と組ませていただく形でデュエットとなり、体型からリズムの取り方、全くというほど違う立花さんと合わせる為、自分の個性を徹底的に排除しなければならない時期があったのだ。
学校でも会社組織でもそうだが自分の個性を出せないというのは非常に辛い。
また周りとのコミュニケーションの面での悩みは誰にでもあるものだ。
上司と部下、先生と生徒のように、シンクロという世界には、上に立つ第三者的なコーチの目があり、そこでのコミュニケーション一つでパフォーマンスの幅が変わってくるという。
「言われた事だけやる人というのは伸びると思いますか?」と聴講者に語りかける。
「私、最初はそうだったんです。」
モチベーションを保ち続けるには、曖昧にしていた意味をしっかりと見つけることが大切だとも武田さんは語る。自分の個性の壁とぶつかりながら、自分を見つめ続けた時、残ったのはシンクロが好きだという自分の一番大切な気持ち。
そしてその意味を明確にしたら、自分が今やらなければならない事も明確になるはずだ、という。
そして、毎日少しでもいいから何かを工夫し、一歩でもいい、半歩でもいいから
前に進んでいる自分を褒めてあげる。毎日を大切に、何かをやり残さないで生きることを訴える。
アテネでの最高の演技の裏には、そのような日々の努力の積み重ねがあった。
講演会場を埋め尽くす人たちが目にあかりを灯したように明るくなるのを感じられた。
後から分かったことらしいが、1日10時間以上の練習というのは、井村雅代コーチがなんとか選手に自信をつけさせたくてのこと。その真意をもっと早く汲み取れればもっと良かったと語る。
周りのいろいろなサイン、状況に気づける事で成長する幅が広がることも事実だ。 テレビでは井村コーチの怒っている姿がよく流されていたが、「私が妥協したら終わりだから。」という強い信念を持った指導者の元で演技が出来た事を誇りに思う、とも語った。
その他にも、選手村で会う他種目の選手とのお話や、オリンピック会場で感じた、何万人もの歓声が創る地響き。それを足で感じた時の感動のお話等、テレビで見ることが殆どのオリンピックという世界での戦い、生の感動を実際に体験したように、深くイメージすることができる講演。
最後に、忙しいスケジュールの中、
ずっと笑顔でいてくれた武田さんに感謝をしたい。
「メダリスト」という重みに私は内心、とても気が張り詰めていた。
失礼があってはいけない。そんな空気を感じてかどうかは分からないが、武田さんは終始話しやすい雰囲気を作って下さり、その笑顔に随分と救われた。
長野の高校生と話す時の武田さんもそうだったが、周りの空気を優しく包み込み、明るくするエネルギーのようなものを持っているように感じる。まだ高校1年生だという少女が美保さんとの握手に感激していた姿が今も目に焼きついている。
(2005年9月20日 株式会社ペルソン 無断転載禁止)
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