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第15回 「人生 先発完投」
都内某所。黒いセダンが駐車場にゆっくりと入ってくる。
運転席側のドアが開き、長い腕と共に、しなやかに現れた村田さん。
動きの軌道に薄い線が残っているように思えるほどオーラを感じる。
さっと取り出した黒い鞄にかかる透明のプレートには、
「GOLDEN PLAYERS CLUB」の文字がちらりと見える。
「GOLDEN PLAYERS CLUB」−日本プロ野球名球会
日米通算で打者が2000本安打以上、投手が200勝以上、もしくは250セーブ以上の成績を残したものだけが入ることが出来る。選ばれし者、選ばれるべく努力し、自ら行動、結果を残した者達の集まりだ。現在の会員数が45名。入会予定者の候補に上がっているヤンキースの松井秀喜選手は、2004年度の最終データで1743安打を記録していた。2000本安打まで、もう少しだ。
この重さが伝わるだろうか。
今回の講演は、不動産の経営者達約100名を対象に
「人生先発完投」と題されたもの。
エースとして戦ってきた人生のお話をしながら、実際に思うだけでなく行動するための思考法や、肘の故障からの奇跡の復活、「もう一度マウンドに立ちたい」ただそれだけの、そして唯一の大切な思いのために、手術や血の滲むようなリハビリに向き合ったお話。支えてくれた家族。「中高年の希望の星」と今も140キロの球を投げる村田さんが、今を生きる若い人達、自分の勝ち星215と同じ数はあるという離島を巡って、子供達に本物の野球を見せるという現在の活動と夢を熱くお話頂いた。
これに拘る村田さんは、今も自分の体づくりを怠らない。現役時代、いつも「このままで終わってたまるか」と他人とではなく、自分と戦い抜いた姿勢。それが、今も生き続けているのだ。現役プロ野球選手でも難しいという140キロを投げられる体というのは、並大抵の努力ではないことは想像に難くない。
50代半ば、「140キロが投げられなければ、もう2度と投げません。」そう宣言した村田さん。「売りがあるから、残っていけるんです。」なんて笑いに変えるシーンも度々あるが、講演中、幾度となくあの「マサカリ投法」の投球フォームをし、その度に会場が期待に息を呑む。
勿論、会場で140キロのボールを投げるわけにはいかないので、布を手にもち、腕を振り上げる。私は写真を撮る為に、村田さんのすぐ側まで行ったが、振り上げる腕を一気に振り落とした瞬間、「ビュンッ」いう凄まじい風と音。想像の20倍以上の迫力があると思って頂きたい。
話すテンポも良く、力強いパフォーマンスをしながらの講演。講演後の懇親会で聴講者の1人に聞いたのだが、30代、40代、50代と、それぞれの人生を歩みながら、体力の衰え、体の変化を感じていたのだそうだ。「挑戦」の1歩がなかなか踏み出せなかったり、諦めることを当たり前にしてしまっていたり、そんな自分を見つめ直すきっかけになった、と笑顔で仰っていた。
そのような壁にぶつかっている時、村田さんの講演を聞くと身が引き締まる。
村田さんは自分の成績を誇示することはないが、自分の辿ってきた人生に真っ直ぐに向き合い、誇りと自信とに満ちているように感じる。背筋がすっと伸び、ピンと伸びたシャツに身を包む。とても爽やかで、人に対する優しさが見え隠れする。こんな素敵な50代、滅多にいない。
余談になるが、控え室で村田さんが大切にしている言葉、「人生先発完投」とサインをする横で、特別に落款を押させてもらった。緊張が腕にまで響き、指が震えた。
横にあるのはその落款を押す前に練習のため、自分のノートに押したもの。緊張のあまり、私はすぐに本物のサインの横に押そうとしたら、村田さんが「練習もしないで大丈夫か?」と仰ってくれた。今になって思うのだが、村田さんと初めてお会いした思い出を、わざわざ残してくれるために、仰ってくれたのではないか、とそんな風にさえ思える。
「人生 先発完投」 素晴らしい言葉だ。
(2005年10月20日 株式会社ペルソン 無断転載禁止)
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