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  講師の心.com > 講師マガジン 「人」 > スペシャルインタビュー 松尾雄治
 


松尾雄治

日本ラグビー界のスター、松尾雄治さん。そのラグビー人生の原点と挫折。
日本代表に選ばれた直後のポジションチェンジ。それをどう乗り切ったのか。
お話を訊いて来ました。

松尾雄治 (まつおゆうじ)

 1954年 東京都出身。名実共に日本ラグビー史上最高のスタンドオフと呼ばれる。小学校時代からラグビーを始め、明治大学に進み4年生の時には司令塔として当時低迷していた明大ラグビー部を初の日本一に導く。

卒業後新日鉄に入社。79年から選手、主将、監督兼選手として社会人選手権、日本選手権7連覇達成という不滅の大記録の原動力となる。V7達成試合を最後に新日鉄釜石を退社。

引退後、ラグビー界初のスポーツキャスターへ。98年に普及育成委員に就任。
現在は解説者、タレント活動、講演活動を通じて自身を築いたラグビー界への恩返しとしてラグビーの普及、競技者の育成に務める。

松尾雄治


―― ラグビーを始めるきっかけを教えてください。

 きっかけは、親父がラグビーやってたことだね。
父親の教えっていうのが、「生きた勉強、というか何かを学ぶというのは、ペンや活字からじゃない」という、そういう教えだったんです。

活字になったってことはもう死んだものでね、終わっちゃった後の話しなんですよ。
言ってみれば、ラグビー部の活動を、合宿生活なんかの大人数で生活をしていくということが、生きた教育だと。

高校のときから合宿生活で、家に全然帰りませんでした。5、6年間は帰らなかったしね。
「ラグビーだけやってれば、すべてのものを学ぶ」ってね。もう僕の宗教ですよ。ラグビー教。


松尾雄治―― 高校1年生の時、成城学園高校から目黒高校へ転校されますが、理由は?

 1年間休部ということで、ラグビー部がなくなっちゃって、あんまり学校に行かなかったんですよ。いても意味がないと。結局ラグビーしか生きる道がないと、自主退学しました。

その時、親父が言ったのは、「世の中にはいろんな人間がいる。同じように勉強して、同じように大学行って、国の機関に勤めるのが最高で、一流企業がその次で、っていうのはおかしい。人それぞれなんだから、人それぞれに目を向けるような、そういうことって何でないんだろう」って。僕はとにかく運動しかない、しかも運動といってもラグビーしかない。それで転校したんです。

高校辞めたのに明治大学の八幡山グラウンドにいたんですよ、毎日練習だけするために。おもしろい感じだよね。

そのグラウンドに目黒高校が練習に来ていて、その練習を見て目黒に入り、明治大学へ進学したんです。


―― 以前、「本当は早稲田でやりたかった」という発言をされていますが?

 ラグビーの形、というかね、ラグビーに対する姿勢が明治とは違うんですよ。
明治が強かったっていうのは、ただただ食料がなくて行けば先生が食べさせてくれるという戦後の時代があって、そういう理屈のない強さみたいなのが嫌だったですよ。

早稲田というのは、「どうやったら身体の大きな明治に勝つか」とか、そういうみんなで考えることとかね、時には神様にお願いするとか。僕は身体が小さかったから、小さい者が大きい者を倒すという考えには共感します。

自分の欠点が分かってる奴の方が強いと思うんですよ。みんなひとりひとり、例えば女の人のファッションひとつとってもね、自分の欠点がわかっていれば、そこを隠すファッションとかできるわけでしょ。化粧もそうだし。自分のことが分からない奴っていうのは、何でもブランドものとか、マネキンが着てるものを上から下まで買うとかさ。自分のことを知るっていうのが、大切なことなんだよ。

明治の身体が大きい奴がただガーンと行く、分かってないようなラグビーは好きじゃなかったんですよ。早稲田は、どうやったら明治のFWに押されないスクラムを組めるかとか、向上心や挑戦するというのが常にあった。それが好きでした。


松尾雄治―― その大学時代にポジションチェンジという転機を迎えられますが?

 大学3年の時、スクラムハーフで日本代表になったんだけど、代表から帰って来て、先生に挨拶しに行ったらスタンドオフやれって言うんですよ。当然、日本代表からも外されて。本当に嫌で自殺しちゃおうかと思ったもんね。出来ないと思った。

それで、練習出なくなっちゃって1ヶ月ぐらいブラブラしてたんだよ。チームメイトはがんばれって言ってくれたけどさ、がんばれって言われたってがんばりようがないよね。

でも、その時に素直な気持ちになって考えてみればね、明治大学に入ってラグビーやって来れたのも北島先生のお陰だし、我を通すのではなく、チームのために、先生だって俺を2軍にするためにポジションを変えたわけじゃなくて、松尾ならできると思って変えたんだろうから、それになんとしても応えてやろうと、ただその一念で。それで4年生の時に日本一になり、また日本代表に選ばれました。

初めから自分の限界を決めちゃだめだよね。やってみなきゃ分からないよ。
マラソンだって倒れてもいいって思うぐらいじゃなきゃダメでしょ。自分を大事にして、いい成績や日本一になれるわけないもんね。すべて犠牲にしたって日本一になれるかどうか分からないんだから。


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