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――大学を卒業された後、インテリアコーディネーター・建築専門学校を卒業されるまで15年間ありますが、この間は主婦をされていたのですか?
そうです。主婦兼アルバイトですね。水泳のインストラクターをずっとやっていました。今の仕事と全然関係ないですけど。アルバイトで稼いだお金でインテリアの本買ったり、自分の家の中を飾ったりしていました。自分でカーテンや小物、ガーデニングなど、作るのが好きだったんです。趣味でね。お友達が来たり、主人が帰ってきて驚くのが嬉しくてやっていました。
――IC専門学校へ入ろうと思ったきっかけも?
そ好きだったからですね。本当は美大に行きたかったんですよ。絵を描いたり、そういう系統に行きたかったんですけど、両親にこれ以上変な不良になったら困ると反対されて、仏文科へいったんですよ(あまり変わらないと思うけれど・・・)。仏文科を選んだ理由は、父が貿易商やっていて英語が堪能だったので、英語では勝ち目がないと思ったんです。卒論も美術評論でしたね。“ボードレールの美術評論”。教授が変わった子だって言ってましたけどね。やっぱり絵が忘れられなかったんですね。
反対されたから、今の仕事が成り立っているんだと思うんですよ、きっと。そのまま美大へ行っていたら、今の仕事はやっていなかったかもしれません。本当は仕事にするつもり、全然なかったんですよ。ただ、自分の趣味をもっと磨きたくて、その先にインテリアコーディネーターという資格があった。「大学受験の時にそれだけ勉強してたらねぇ・・・」って母が嘆いたほど、勉強しましたよ。だから一発で合格しましたね。その時期に勉強したくて、バタバタと資格を受けたんですよ。商業施設士の試験のときは、周囲は若い男性ばかりで場違いな感じだったので、帰ろうかなと思ったんですけど、母や主人に電話したら、せっかく行ったなら受けてみたらって言われて、合格しちゃって。
――やはり主婦時代の経験は活きていますか。
原点でしょうね。ステンドグラスもやりましたし、カーテンも縫ったり、絵を描いたり。現在のお客さんへの仕事にいろいろとアソートしている内容が、私の主婦時代に趣味にしていたことと似たようなものです。だから、「ビフォーアフター」で粘土細工とか作ったんですが、あれも友人や子供たちにいろいろ作ってあげたのが、頭に残っていたからなんですよ。
――「ビフォーアフター」に出演されたきっかけは?
以前に「テレビチャンピオン」でテレビ出演したことがあったのでその関係だと思いますが、電話が掛かってきたんです。でもその時、まだ番組が始まっていなかったから、どんな番組か分からなかったので、出るつもりなかったんですよ。「リフォームをメインに番組つくりたいんですけど、ご協力を」って言われたので、画面には出ない協力者だと思ったんです。それでOKしたんです。
「テレビチャンピオン」の時も、インテリアコーディネーターの協会にオファーがあって。でも、みんな出たがらないわけ。どんな番組になるか分からないから。結局私が出ることになって、勝とうが負けようがやれることやるしかないと思った。結果勝ったからラッキーでしたよね。
体調を崩して入院したのですが、以前に「ベストタイム」に出たんですよ。その後、病気して死と向き合い、仕事をやめようと思って、ずっとマッサージチェアーに座って病気に関する本ばかり読んでたんですよ。どんどん落ち込み、明日がなくなる気がしました。
“これではいけない!”と思い、手術から半年経って、妹がいるグアムへ2〜3週間行きました。体力的にもなんとか持って、楽しめたということで、またTVのオファーを受けたんですよ。ベストタイムの時は、3日間ぐらい半徹夜するんです。健康な人でさえ疲れるのに頑張れたのだから、まだ仕事いけるかなと思って、復帰したんです。だから、「ベストタイム」が仕事復帰させてくれたようなものですね。
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