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――おじい様の「敬三氏」やお父様の「雄一郎氏」・そして「豪太氏」とみなさん元気で活躍なさっておりますが、三浦家伝統の健康法ですとか、教育法というものがあるのでしょうか?
僕らの本『三浦家のいきいき長生き健康法』でも紹介されておりますが、健康やトレーニングに関しては、それぞれがそれぞれのやり方でやっています。そんな中でも、一つ伝統として考えられるとすれば、「放任主義」。祖父も父も、とにかくある環境に子供を置くんです。それで何かを手取り足取り教えることは決してしない。自分で見つけさせるんですね。
祖父の場合は父を蔵王の山に連れて行って、とにかく大人についていかせ、祖父の背中を追いかけさせたりしたようです。僕もキリマンジャロとかエルブルース等に連れていかれましたが、父が何をすれば良いかを教えてくれることもなく、スケジュール通り動かなければならない。
次の宿はここだ、水は飲んでおけ、等最低限のことだけなんですよ、教えてくれるのは。
ところがやっているうちに、これはこういう風にしないと次の日に困るだとか、いろんな問題が出てきますよね。例えばティッシュを持ち歩かなければトイレに困るなんていうところから、ちゃんと自分の安全を確保しないと危険が迫るわけで、ロープの確保だとか、滑り落ちた時も自分でどうにかしなければならないので、自分でなんとか練習をするんです。やっぱりそういった環境でのモチベーションは、「死を避ける」といったところから発生するものだと思います。ところが、最低限の責任を自分で負ったとしたら、自然の中では凄く自由度が広がるんですよ。責任という意味で、怖がってばかりいなければならないのかと言うと、そういうわけではありません。新しい世界が広がって行くんですよね。自分ができることも増えていきますし。それが自分の報酬だとか、自分の中での楽しみになっていったりします。
――「放任主義」ですか。自分で道を切り開いていくというのは、一番の学びかもしれませんね。ただ突然山に行って自分で何とかしなければならない、という状況を想像すると過酷ですね。
そうかもしれません。でもこの「放任主義」の延長上に三浦家の健康法があるんですよ。
今の世の中では、「これをしないとだめ」というようなある種の脅迫的なところがあるように思うんです。例えば、「毎日トレーニングしないと脳梗塞になるからいけない」だとか。ただ、それ以上に何をしたいのかを考えさせてくれるのが、三浦家の健康法だと思います。「放任主義」のおかげで、自分で自分の好きなものを見つけ、そのやり方を学んでいくんですよね。僕の祖父の場合、「100歳になってもスキーを続けたい」という思いがあって、去年より今年の方が上手くなっていたいと思うから、そのためにトレーニングをするんです。僕の父親も「70歳でエベレストに登る」という目標の元にトレーニングをしてますし、僕の場合はずっと「オリンピックでメダルをとりたい」と思っていたから、そのためにトレーニングを続けてきたわけです。そういったトレーニングの仕方というのは長続きしますし、それが三浦家の健康の秘訣ですね。
つまり、「放任主義」だということと、「何をその人がやりたいのか、というのを問いかけさせる環境がある」ということが三浦家にはあるのではないでしょうか。
――本にも書かれておりますが、やはり目的や夢が大事だということですよね。
そうですね。ただ僕らの場合、登山というなかなか一般の方々には遠い目的だと思うのですが、目的や目標は何でも良いと思うんですよ。例えば、高齢になっても、好きな本を読みたいとしますよね、実は本を読むのには体力が必要なんです。若い時はあまり気にならないと思いますが。そのために少し運動を始めてみたり、ウォーキングをしてみても良いと思います。またゴルフが好きだったら、ゴルフをするために、ケガをしないためにトレーニングをしてみるとか。
僕らの場合は、頂上に登るためにはどれくらいの体力が必要で、そのためにはどれだけのトレーニングが必要かを逆算しながらやっているわけですが、それは難しい面も含んでいるんです。僕の経験からもよく分かるのですが、目標がなくなった時、僕の場合オリンピックが終わった時に次のオリンピックまでの4年間モチベーションを保ち続けるのは難しかったですし、現役のスキーをやめたら、次は何をしたら良いのか?と困るわけですね。ただ僕の場合は現役をやめた後、父、雄一郎の夢に乗っかり、エベレストの登頂を果たせたわけですからラッキーだったと思います。
祖父がやっている事に関してですが、100歳の人が健康でいるためにどんな方法がありますか、と言ったら、祖父が年間120日もスキーを滑ったりすることに対して、お医者さんはそんなことしたら絶対だめだ、ケガしたらどうする!と言われると思います。
しかし祖父は無茶をやっているのではなく、夢中になっているから、それができるし、そのために体ができてくる、と私の父は言っております。ただそうは言っても、夢中になり過ぎて無茶をすることには問題がありますね。毎日無茶をしていては体にも負担がありますし、精神的にも嫌になってしまいます。だから、最終的にこうなれば良いという目標があったら、無茶をせず、休みも入れながら、無理のない努力を続けていくというのが大事なのではないでしょうか。
生活の中に取り入れた運動というのは、そういう部分で無理がないので、トレーニングという言葉というより、趣味とかそういった言葉の方が合うような気しますね。トレーニング(運動)というのは目標に達するためのツールですから、あくまで自分のしたいことのため、それが「健康で長生きしたい、そして人生楽しみたい」という目標のためでも良くて、そう考えるとちょっとした運動も自分のための時間になりますよね。
――モーグルの選手として復活されましたが、それを決心する上でどんな思いがあったのでしょうか?
いつも目標を持つという自分の人生の中で、選手という緊張感っていうのは大事だな、と思ったんですよね。モーグル界の復活のことは、周りから、もうよした方がいいんじゃない、とか年なんじゃない、という声を頂きますが、これは自分のわがままですから。
そう、夢っていうのはわがままだと思うんですよ。自分がやりたいという気持ちから始まるわがまま。自分を高めるには夢や目標がないとなかなか前がボヤけて進めないですよね、そしてそれが他人からたとえ反対されても、それでもやりたい貫き通したいと思えるものは本当の夢ですね。
僕の場合、いったん選手を引退してからブランクがあったものですから、選手登録をもう抹消されていました。だからまた初期段階の大会から始めなければなりません。でもこれは自分がやりたいと思ったことだし、挑戦は続けていきたいですね。何よりもスキーが好きですし。僕が登山やスキー等を通じて見てきたものですが、仲間が集まれば、一人だけの夢ではなくなりますし、共感してくれる人が多ければ多いほど長続きしますね。
最近は「夢がない」なんて声も聞きますが、夢というのは、自分が今できることの先に見えてくるものだと思います。だから、今は見えなくても、今出来ることを諦めずに続けることで、見えてくるものがきっとあると思います。
――素晴らしいお話をありがとうございました。
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