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−4年前、胃がんの切除手術が、深く命を考えられるきっかけだったと伺ったのですが、 その時のお話をして頂けますか? |
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胃癌はね、胃潰瘍の検査の時に見つかったんですよ。7年前に目を怪我してね、2度の手術をしたのですが、結果、右目を失明しまして。それで一時期写真が撮れなくなってしまったんです。写真家だからカメラを握るけれど、前と同じようには撮れなくてね。イライラしたなぁ。それでついに胃潰瘍になってしまったんですよ。人並みに。その検査のおかげで癌は見つかったのだけれど、初期の癌だから痛みもない。それでも先生は、「胃癌ですから、3分の2、胃を取りましょう。すぐそこの消化器外科で手続きをして…」と簡単に言うんです。愕然としましたね。じゃあ、術後はどうなるのか?心配ですよね。自分にとっても突然のことだったし。社会復帰と言っても、病気前とは違う、元気だけど旅に出られない生活になるのは本当に嫌だったから。
僕はね、胃癌という病気と対峙した時に、本当「命」というものを考えさせられたんですよ。自分の残された人生における未練、やりたいこと、自分の弱さも知ることにもなった。
その話を少しすると、癌が見つかって、その日に突然手術を受け入れる事が出来ず、帰ってからいろいろ調べたり、友人の医者の繋がりで何人かを当たったんですが、9割9分「手術しろ」と言われまして…。転移性の癌だったから、どこに転移するかも分からない可能性があってね。それでもその後、カミさんと話もして自分でも手術以外の方法を必死に探して、癌と共生する方法を1年間試みていたんです。そうするとね、手術賛成の医者から、「もし転移したら、1、2年ももたないかもしれない。」とか電話がかかってきたりするんですよ。そうするとだんだん心配になってくるでしょ? 夜中にぱっと目が覚めたりして、体力的にも精神的にもどんどん弱くなってしまってね。「転移したらどうしよう?」という恐怖感ばかりが積もって来て。それで、このまま共生などできない、と、手術を決意したんです。
それから、自分の病気、状況を把握することの大切さを学びましたね。いま、「セカンドオピニオン」(主治医の診断や治療方針に対する、他の医師の意見)とか、いろんなことが流行っていますけど、それはまず自分にその意思がないと成り立たない。要するに、医者に対して不信感を持つとかではなくて、自分がまず自分の病気をよく知ることから始めること。そして、自分が一番大事にしたいものはなんだろうか、とか、病気をした後にどういう生活をしていきたいのだろうか、としっかりと自分と向き合い、思い描いたうえで、治療や手術を受けていかないと、なかなか思ったようには行かないですね。だから、この病気をきっかけに自分の人生で本当に大切なものを深く考えたんですよ。自分の病気のことも一生懸命勉強してね。「命の大切さ」を考えずにはいられない体験でした。
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| −病気と向き合った時に、ご家族の方はどのように仰っていましたか? |
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そういう意味では、うちのカミさんはサバっとしていまして、「お父さんが自分でどういう生き方をしたいのかというのは自分でお分かりになっているでしょうから、自分で選んでください。それに対して私も協力する。それだけです。」って。
だからうちは割とラクなんですよ。例えば仕事の内容を変えていく時でも、「お父さんの人生ですからね」これだけなんです。僕はもうほとんど放し飼いにしてもらっているという(笑)。お互い仕事をやっていますから、仕事に関しては干渉しないですね。人生の上で困った時とか転機の時にはいろいろ話し合うこともありますけど。
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−お互い自分のやりたいことに責任を持ち、尊重し合っているんですね。 |
そうですね。お互いに尊重し合うこと。信頼していれば、こまごま考えなくても顔を見れば分かりますよね。カミさんは女優という仕事をしていますが、僕は女優を愛しているわけではないし、女優と結婚したわけでもない。「竹下景子」という個人と結婚したわけです。女優さんでも、「女優の塊」みたいな狂気の女優さんもいますけど、そういう人だったら僕は結婚しなかったな。女優さんとはたくさん仕事をしましたが、その中でも彼女は生活の中で「普通になれる人」だったから、ここまでいっしょにやってこられたと思うし。子供のことに対してもね。いまだに彼女は朝5時半に起きて、下の子のお弁当を作っていますよ。まあ、それは母親としてやりたいことなんだろうし、やったほうがいいことだと僕も思うので黙って見ていますけど。でも大変だろうな、と思って朝飯ぐらいは僕が作ってあげます(笑)。
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| −大切なところでは繋がっている。素敵な関係ですね。 ところで、ここ最近カメラを向ける対象が変わってきたそうですが、どのように変わったのでしょうか? |
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カメラの仕事では、極力「物撮りはしません」という方向で、かつては雑誌や広告、女優の写真集などをやっていたのですが、結婚して子供が出来てからですかね、50歳を過ぎてから、自分の中で自分が本来やらなきゃいけない、「どこかで置き忘れて完成していないもの」があるんじゃないかっていうジレンマに陥るんですよね。勿論女優さんを撮ることも、意味はあったんですが、もっと昔、若い頃に自分がカメラを抱えて、世界を旅しながら出会ったフィンランドの女の子とか、アイスランドの子とか、僕らがなかなか行きそうにないようなグリーンランドの青少年とか。
世界の風土、又そこに住んでいる人間を撮れたらおもしろいなぁ、ってね。世界のごく普通の人たちの素朴な生活。それに対する新鮮な驚きや、自分の感性が自由に解き放たれた感覚とか、若い頃の思い出が強烈にフラッシュバックして来てね。病気をきっかけにして、自分の大切にしているもの、残された人生にやりたいことを真剣に見つめ直したから尚更かもしれないけど、その時の感覚を思い出すと、やっぱり自分はこれなんだな、って思ったわけです。
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