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講師の心.com > 講師マガジン 「人」 > スペシャルインタビュー 安藤和津

Keywords
  1)子育て・教育 −“家庭”教育改革の必要性
  2)介護 −母が教えてくれた『捨て身の愛』
  3)女性として生きる −日本一立派な絢爛豪華な踏み台に


著書「オムツをはいたママ 母との愛と格闘の日々」(グラフ社)にも綴られていますが、働きながら、子育て、さらにはお母様の在宅介護を続けた8年間は、並大抵のことではなかったのですね?

安藤和津

 記憶が無いです。その当時の。本当に目先のことをやるのに精一杯でしたね。脳腫瘍で脳の機能が低下した母は、体内時計が狂ってしまって、朝食が明け方の3時半から4時くらい。その時間に朝ごはんを作って食べてもらって、トイレに行って、その間に子供の朝食とお弁当の用意をして、子供を起こして、送り出して、自分が仕事をしに行く準備をして…。だから、ほとんど寝てなかったもん。今でもその後遺症で、2時間寝ると目が覚めるんですよ。

家族のサポートにはやっぱり限度がありますよ、男の人ではね。子供は昼間は学校に行って、翌日も学校があるんだから、私は寝なさいって言うじゃないですか、当然。奥田さんだって仕事だしね。第一、義理の親のオムツはやっぱり替えさせられない。私もね、嫌だもん。やって欲しいとも思わなかったし、まあ、料理は手伝ってくれましたね。奥田さんもそれはやってくれたかな。やっぱり、私がやるしかないなって思っていて、そうするとドツボにハマるんです。疲れ、寝不足、自分の仕事のプレッシャー…それなのに介護は全然待ってくれない。時間を与えてくれない。どんどん悪くなっていく。私ね、自分ひとりで何回叫んだかわからないわよ。…誰もいないキッチンで(笑)。

―いじめを受けていた安藤さんを「命を懸けて守ってあげる」と抱きしめてくれたお母様。
女手ひとつで育ててくれたかけがえのない存在ですものね。

 実は、私は長い間、母が脳腫瘍だって知らなかったんです。常軌を逸した言動に対して、なんて言うか、老化が原因だと思い違いをしていました。そばにいるのも口をきくのもイヤになるぐらいどんどんとその何だか「変」だな、という度合いが増していったんです。もう本当にどうしていいのかわからないという状況の中で、憎悪が本当にピークに達しそうな頃(98年)に、脳腫瘍が発見されて、その時は初めて病気だっていわれたことを感謝しましたよね。病気だから、ああだったんだって納得がいって。それまで理由が全く分からなかったから。

 でも、そうなるまで日にちはかかりましたよ。あるとき、友達が家に遊びに来ていてね。彼女と私が話している部屋に母が下半身スッポンポンのままで現れたんです。オムツをもって「取替えて」って。私、もう唖然とするし、その友達もそんなものを見ちゃってどうしていいかわからないわけですよ。こうなると人づきあいできないなと思いましたね。しかも、母は気丈な人だったのに、私に対してその目がね。媚を売るような、へつらうような目。あれが一番イヤだった。むしろ、頭ごなしに「アタシが漏らしたんだから、取り替えなさい、あんた」って言われてたら、まだ救われたかな。だって、自分の前にあった大きな背中が、ある日突然いなくなったと思ったら、オムツ持って後ろに立ってたって感じでしょう。

苦しい闇の中をひたすら走っているように感じる時もありました。でもある時フっと気づいたんですよ。昔は私もオムツを替えてもらってたわけだから、「恩返し」をしてるのかなあって…。随分と時間がかかりましたね、そう思えるようになったのにも。

―お母様は、奥田さんの舞台があると、ご自身の貯金で暖簾や着物を作られたりと、ずいぶん応援されていたそうですね?

安藤和津

  でも2人ともしょっちゅう大喧嘩してたんですよ(笑)。教育方針から、食べ物の趣味から全部食い違って。お互いに全部言いたいことを言うタイプですし、これでまた奥田さんが出て行くなぁって思うようなハラハラな時が
何十回もあって…。

 でもこんなエピソードもあるんですよ。母が病気になってからのある時、大も小も漏らしてしまってべチャべチャになってしまったんです。それで下着とパジャマを脱がせて、便器に座らせたんだけど、血圧がすごい上がっちゃってグラグラになっちゃたのね、母の身体が。でも、トイレって小さいから、私は中に入れずに、入り口のところで跪いて背中を支えてあげるしかなかった。当時の母は80キロ近くあってね。ちょっとでも動くと倒れてしまうので、前にも後ろにも動けず完全に膠着状態で。私は電話を取りに行くこともできない。そこに奥田さんが帰ってきたんです。

もう下半身がベチャベチャな母のお尻を、奥田さんがヒョイッと抱えてくれて、ベットまで連れて行って、後始末を手伝ってくれたんですよ。なかなかそれはね、実の血を分けた人間でも、そういうこと全てっていうのはやりにくいこと。私は「ちょっと待って、バスタオル持ってくるから」って言ったのに、彼は「いいよいいよ。お母さん、僕だからいいよね」て言って。抱えてくれて、母も母で「うん」ってうなずいて、おぶさってベットに運んでってくれた。あの姿が…ああ、これで家族になったんだなって思った瞬間ですね。母が、私達家族の絆をきちんと強めてくれて、安心して逝ったんだと思います。(2006年4月、享年82歳で永眠)


―お話を伺っていると、今の社会で忘れられた『家族の原風景』を思い出す気分です。

 語弊があるのかも知れないけど、小さい時の私の家は健康的な家庭ではありませんでした。祖母が寝たきり老人だったし、母の妹が身体障害者だったんですね。母は全部引き取って、弟も引き取って、大学まで全部出したんです。でも、やっぱりちょっと歪んだ家族だったのね。寝たきりのお婆ちゃんがいて、身障者の叔母ちゃんがいて、私は未婚の母が生んだ子で、っていうとすごく世間の形からハミ出てるわけ。ずっと、なんでこんな家に生まれたんだろうと思ってました。だから、私の夢は、ちゃぶ台を囲んで、裸電球1個の下で、ほのぼの家族が笑いながらご飯を食べることだった。

 ただ、どんなにいい暮らしをしてても、いい服を着ていても、お金をかけても、結局心が通っていないといい家庭とは思えないんですよ。それは何かって言ったら捨て身の愛ですね。自分よりも相手を思う心かなあ。人間って何のために生きてるかっていうと、ウチの母を見てると、人のためにどのように役立てるかっていうことだったような気がする。人様の役にどれだけたてるかということだったのかなと。今の世の中ははエゴのほうが強いじゃないですか。愛じゃなくてね。

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