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―モデルを始めるきっかけは何だったのですか?
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高校生のとき、家が渋谷だったので、通学で渋谷駅を通っていました。その頃から、渋谷駅近辺はモデルのスカウトマンのメッカで、よくモデルにスカウトされました。私はセーラー服を着た普通の女の子でしたが、一際、背が高く、目立ったのでしょう。背は高いけれど、体重も結構あり、モデルというよりスポーツマンタイプ。自分がモデルになるなんて想像もできず、もちろん自信もなく、その上、父が厳しくて、そんな職業に就くことは、許されるはずもなく、お誘いをお断りしていました。
そんな時、高校の同じクラスで、一際目立っている個性的な美女と友達になったのです。私の通っていた学校は休み時間も、皆、勉強しているような進学校でしたから、その中にあって、学校帰りにメークして遊びに出かけるような彼女の存在は異色でした。その当時は高校生が化粧をするなんてとんでもないという時代でしたから。文化祭の企画で、彼女が異色の提案をして、変身コーナーを作り、希望する人に化粧をして、写真を撮って、差し上げるというアイディアを出したのです。私はそのサンプル写真のモデルさんにされたのです。キレイにメークされ、付けまつげをつけた私は、別人のようでした。背が高く、体格のしっかりした男っぽい女の子の、その変身ぶりは学園祭でちょっとした話題となりました。
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―そこで自分の魅力に気付かれたんですね。 |
確かにきっかけでした。でも、モデルになるといったら両親は大反対。「あなたが?何かの間違いじゃない?」といった感じ(笑)。モデルという職業自体が今よりももっと特別で、人数も圧倒的に少なかった時代ですから、しょうがなかったのかもしれません。
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| ―モデルになって変わったことはありましたか? |
まず「不良」になりました(笑)。それまで両親に厳しく真面目に育てられてきたので、その反動もあったのかもしれません。でも、不良といっても今の若い人たちが普通にしているようなことですよ(笑)。
心の変化でいえば、コンプレックスがものすごく強くなりました。もちろんモデルをやる前から、人並みにコンプレックスは持っていましたけど、綺麗な人ばかりいる世界に入ると、まるで自分が「みにくいあひるの子」のような気分でした。常に自分に足りないものばかりが気になって、他人の良いところと自分の悪いところを比べてしまって、自分の良いところなんて、これっぽっちも見えなくなっていました。私がモデルだなんてやっぱり間違いだわと思って、すごく悩んだ時期がありました。
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―その劣等感はどうやって克服されたのですか?
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当時は仕事も来ないし、オーディションには落ちるし、マネージャーに「どうしてみんなには仕事があるのに、私はモデルとして駄目なんでしょうか?」と相談したんです。すると彼女は、「あなたは細かい仕事をするようなモデルじゃないの。今にきっと大きな仕事がくるから、それまで準備して待ってなさい」と言ってくれたんです。同じようなことを、あるカメラマンさんにも言われたことがあって、それではっとしました。そこから肉体的なコンプレックスを埋めるために何をしたらいいのか、自分なりに真剣に考えるようになりました。
例えば、撮られる時のポーズや角度ですね。とにかくほかのモデルさん達がしないようなことを自分で考えたり、海外の雑誌を見たりして研究しました。たとえば、髪の毛をきれいに整えるんじゃなくて、わざとラフにしてワイルドな雰囲気にしたり、カメラに笑顔を向けるんじゃなくて、キッと強く見つめたり。今でこそ、よく見かけますけど、当時は画期的だったんじゃないでしょうか。とにかく、それまで世間に認識されている「美」とは違う、自分なりの「美」を作り出すために様々なことを試しましたね。
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| ―そうやって研究をするうちに、お仕事が来るように? |
| だいぶ世の中に出られるようになりました。私のことを認めて下さったのは、いわゆる一流のカメラマンさんばかりで、逆に言えば、そうじゃないカメラマンさんは私みたいな個性的なモデルよりも、全体的なバランスが良いモデルを好んで撮っていました。でもトップクラスの方々に良い写真を撮っていただいたおかげで、ほかのお仕事に繋がるようにもなりましたし、一流カメラマンの作品に起用されることも多くなりました。それから、私と同世代の皆さんが、いまだに覚えてくださっているマツダの「コスモ」のCM出演のお話を頂いたのもこの頃ですね。 |