今泉 清保(いまいずみ せいほ)
フリーアナウンサー/フリーライター
1968年、青森市生まれ。大学卒業と同時に、「やらなかったことを後悔するのが嫌だ」という思いから、福岡放送にアナウンサーとして入社報道記者としてドキュメンタリー番組の制作にも携わる。現在は、フリーとして、 「レディス4」(テレビ東京)の司会など、各局の様々な番組で活躍中。
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Vol. 4 『足りないのは人手だけではない』
(2010年07月15日)
ここまでは人手のことを考えてきました。現在の日本の医療現場においては医師も看護師も足りず、それは国が推し進めてきた政策の結果だということがおわかりいただけたと思います。今度は、医療費そのものについて考えてみましょう。
前回「医療費亡国論」のことを書きました。83年、当時の厚生省の吉村保険局長が書いた論文のことです。この論文の最大のテーマは「社会保障の負担が増え続ければ社会の活力が失われる」ということでした。「社会保障の負担が増えると社会の活力が失われる」ことがこの時点ではっきりしていたわけではありません。それどころか、30年近く経った現在でもはっきりしていません。つまり根拠に乏しかったわけですが、「医療費亡国論」はその後の医療政策に大きな影響を与えることになりました。
同じ83年には「老人保健制度」が誕生しています。それまでは70歳以上のお年寄りは医療費が無料だったのですが、これ以降お年寄りの自己負担が増え続けていきます。お年寄りだけではありません。健康保険の自己負担はかつて1割でしたが、バブル崩壊後の97年には2割に増やされました。私達が自分で負担する医療費が増えていったのです。
一方で、医療費を増やさないために診療報酬が削られはじめました。診療報酬というのは、簡単に言うと病院に支払われるお金です。私たちが病院で受ける診療行為には、すべて点数がついています。現在は、初めて診察を受けるときには初診料として270点、皮下注射は1回につき18点、虫垂を取る手術が6210点、という具合に決まっていて、1点10円で計算します。実際にはもっとたくさんの診療行為や、診療の仕方などについて、細かく点数が決められています。
診療報酬はもともと高くはありません。先ほどの例でいけば、注射の技術料はたったの180円だし、いわゆる盲腸の手術は6万2100円ということになりますが、ニューヨークでは70万円程度が普通だそうです。世界基準に合わせていくならもっと上がっていいはずですが、2003年、小泉内閣の時代に初めて診療報酬が下げられたのです。
小泉さんがさかんに言っていた「構造改革」の中には、医療制度も含まれていました。2003年は診療報酬が下げられただけでなく、健康保険の自己負担が2割から3割に増え、老人保健制度は70歳以上から75歳以上になりました。病院も国民も負担が大きくなったわけです。このとき小泉さんは「三方一両損」と言いました。みんなで一両ずつ損をして丸くおさまる、という落語が元になっているのですが、実際のところ国は何一つ損をせずに押しつけただけです。
小泉内閣は、2006年から「社会保障費の自然増加分から毎年2200億円ずつ削減」ということを決めました。高齢化は毎年進みますから、それにともなって年金・介護・医療の費用も、毎年自然に1兆円ずつ増えていきます。その、黙っていても増える費用から、毎年とにかく2200億を減らすというのです。
まずは医療の分野の診療報酬がさらに下げられました。同じ医療をしても、病院の収入が減る(=医療費が減る)ということになったのです。もともと人手が足りなくて大変だった産科や小児科、救急といった部門は、やってもやっても収益が上がらない、という状況になりました。他にも要因はあるのですが、この診療報酬の引き下げが医療現場に大きな打撃を与えたことは確かです。
このとき、国民の側だけでなく医療者の側からも、目立って大きな反発はありませんでした。みんな「日本では医療にお金がかかりすぎている」と思っていたからです。でも、それは間違った認識だったのです。