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中村 勝雄のコラム「つながるチカラ」
中村 勝雄
中村 勝雄(なかむら かつお)
小学館ノンフィクション大賞・優秀賞 作家

長崎県生まれ。平塚養護学校・高等部卒業後、映画監督・木下恵介氏に師事。その後、短編小説集『涼子~Hello my love~』出版し、小学館ノンフィクション大賞・優秀賞を受賞。現在作家として、子育てをしながら異色のバリアフリー論を新聞・雑誌などに発表。重度の脳性マヒ、障害者手帳1級。



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Vol. 11 『スランプ』
(2010年02月01日)

 昨年の秋のことだ。ぼくはベテラン編集者T氏の助言に、スランプを抜け出すことが出来た。当時、長男の闘病記の終章を書けずに苦しんでいた。T氏はぼくに、何度でも書き直してゆっくりやってください、と。

 いま思えば、あせっていたのかも知れない。本になったときには一番の読ませどころではあるが、親としては悲しい出来事の連続だった。そう簡単には書き進めなかった。

 時の流れは残酷なほど、心の痛みを和らげていく。長男は、誕生したその日からNICU(新生児集中治療室)に入院した。その期間を何とか詳しく書こうとしても、すぐには思い出せないこともあり、もう半年近くが経っていた。パソコンのキーボード上で、不自由な指の動きが止まってしまう。わが子との大切な忘れたくない出来事ばかりなのに、せつなくなる。

 ダウン症と診断された当初は、針のむしろにいるような苦しみと、どんな季節なのかも判らない日々が過ぎていた。夢なら覚めてほしいと何度も願った。自ら重度の障害者であるぼくにとっては、見たくはない悪夢だった。

 昼夜の違いさえ区別がつかないほど悲しみ、全身が張り裂けんばかりの、まるで深海の底を鉛{なまり}になってしまった足で歩き、無味乾燥した砂を噛むような毎日だった。

 それなのに、いまとなっては正確に覚えていないことも多い。つい先日、仕事帰りの飛行機で、シンガーソングライター中村中{あたる}の『友達の詩』という歌を偶然、うるさい機内のイヤホンで聴いた。とつぜん鼻の奥が、つんとなった。いまにも涙があふれそうになった。

 その歌手になるまでの、さまざまな心の苦しみや、男性として生を受けてしまった悲しみは想像もつかない。

 彼女が、性同一障害であることは知っていたがその歌と、透明で澄んだ歌声のせいで、ぼんやりと見ていた窓の外の雲海が、涙でにじんだ。その詩の中に「大切な人は 見えていれば上出来」とあった。その詩の一節は、あまりにも賢治の最後の日々をあらわしていた。

 わが子、賢治の入院期間は、見えていれば上出来だった。


 ゆっくりでいい。T氏の一言で楽になり、それから約1ヶ月をかけて書き上げることが出来た。

 人とつながっていることは、こんなにも大切なのかと痛感した。人はひとりでは生きていけない、という言い古された言葉も、あらためて肌身で感じ、忘れないスランプ脱出の思い出になった。




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