渡部 陽一(わたなべ よういち)
戦場カメラマン/ジャーナリスト
戦争の悲劇とそこで生活する民の生きた声を体験し、
世界の人々に伝えることに命をかけるジャーナリスト。
著書に、
『世界は危険で面白い』など。最近では、独特の語り口が話題となり、
バラエティー番組にも出演し、注目を集めている。
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Vol. 6 『戦場のお母さんと子どもたち/母親の幸せは子どもを笑顔にする』
(2008年09月20日)
世界各国で育児に励むお母さんと出会ってきた。肌の色は違うもアフリカ、中東、アジアどこに行ってもお母さんと子どもたちは寄り添っていた。そして、そこには優しい母子の笑顔があった。
アフリカのスーダンで出会った母子。母親は18歳、赤ちゃんは1歳だった。ダルフール難民キャンプの中で食料配給を受けながら生活していた。数日間、共に生活をしていたが父親の姿は見えなかった。この日、若いお母さんが初めて僕に笑顔を見せてくれた。赤ちゃんも幸せそうに笑っていた。お母さんに聞いてみた。「なにがそんなに嬉しいのですか?」「今日、砂漠で行方不明になっていた夫の消息がわかったのです。生きていたんです!」赤ちゃんまでもが、まるで父親の無事を理解しているかのように、満面の笑みを浮かべていた。
イラクでは、イラク戦争後に赤ちゃんが次々と生まれていた。バグダッドの恋人たちは戦争が始まる前に結婚式を済ませ愛を確かめ合っていた。恋人たちはお互い生きているうちに愛情を確認したいと思っていた。戦争が始まるとどちらも無事に生き続けている保証はどこにも無い。死の恐怖に震えながらも恋人へ想いを捧げようと結婚式が多く開かれていた。それ故か戦後はベビーブームが到来、至る所で母親たちが赤ちゃんを抱き笑顔をみせていた。
カンボジアにある世界遺産アンコールワットでは、お母さんが赤ちゃんをあやしながら野菜を売っていた。日中の気温は37度、お母さんは午前5時から昼3時まで野菜を売り、赤ちゃんはハンモックの中で眠り、目覚めると床でハイハイしていた。夫はタクシー運転手として働き家族を養っているという。お母さんは赤ちゃんと一緒にいることで仕事に励む力が湧いてくると語っていた。おまけで言えば、赤ちゃんと一緒に野菜を売っているとお客さんも赤ちゃんをあやしにやってきて、そのまま野菜を購入していってくれる。小さいながらも大きな力を与えてくれるという。
戦場を駆け回っていて目にとびこんでくるのは人が殺害される光景ばかりではない。戦争の悲劇よりも、困難な状況の中で、母親が子どもを抱いて笑みを浮かべている姿がとても印象深い。母親たちは空爆や自爆テロに脅かされていても、子どもを養っていくという点で、日本と変わらぬ日常生活を送っている。地雷が多数埋まった戦場の通学路で、母親が学校まで子どもの手を引いて登校する光景。地雷のない通学路で安心して子どもたちが学校に行けるようにと願いながら、母親が子どもの手を引くその穏やかな姿に親子の絆を強く感じた。
戦場に立つ母親は強く逞い。そして、母親の子どもを思う気持ちに国境はないと、強く感じた。