山崎 雅保のコラム「子育てカウンセリングレポート」
山崎 雅保(やまざき まさやす)
心理カウンセリングルーム「ハートピット」所長
心理セラピストとしてカウンセリングを担当する一方、親子問題、教育問題、更には心の健康に関する執筆活動や教育関連の団体での講演会を精力的に行う。講演は全国の教育関連担当者達の間でも好評。
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Vol. 9 『感情を駆使して生きるのは偉大なこと』
(2008年12月05日)
カウンセリングルームに座り続けてきたボクは、しみじみ痛感させられています。女性は偉大です。分けても「母たらんとする女性」はものすごく偉大です。『育児百科』ほかの名著で知られる松田道雄さん(故人。医師、著述家)は、『私は女性にしか期待しない』において、母となった女性たちがいかに切実に誠実に生きざるを得なくなるかを語り、他方で男性たちの大半が親として家庭人としていかに不誠実でありがちかを語っています。むろん女性にも男性にも例外が存在するのは周知のこと。けれど総体としてながめるなら、たしかに女性たちのほうが感情を駆使して生きているのです。
感情を駆使する。
それは「感情まかせに生きる」ではなく、まして「ヒステリーをまき散らして生きる」ではありません。心を尽くして生きることです。より人間的に生きることです。「感情を駆使して生きる」は女性の専売特許ではないはずなのに、少なくとも昨今の男たちの大半は感情を動かすことが苦手です。妻や子に対して心を尽くすことができない男たちの姿がずいぶん目立っています。カウンセリングルームの窓からは、そのようにしかみえません。
感情を表す文字。たとえば「好」。あるいは「嫌」。または「怒」。どの字にも「女」が含まれています。これはいにしえの昔から「感情」「心」の働きにおいては女性のほうが卓越していたことを意味しているのかもしれません。
さて、子どもの不登校、神経症、心身症、あるいは非行などの根底には、ほぼ間違いなく「親子関係にまつわる課題」が横たわっている、とボクは考えています。その大半は、親の側の課題であり、親としての愛し方が稚拙であるがために生じた課題です。
したがって、子どもの心にそれらの問題が表面化したときには、親が「親としてのあり方」「子どもへの触れ方」などを根本的に見直し、それまでとは異なる心持ちで子どもをより深く愛し、その愛をより豊かに表現し伝える必要が生じます。
この必要、子どもが求める必要に応えるのは並大抵のことではありません。親としてのあり方を変える。それは生き方そのものを変えることです。自身の心を大きく変容させることを意味しています。
この「自身の心を変容させる」というきわめて困難で苦痛に満ちた作業に、少なからぬ女性が取り組みます。しかし男性の多くは逃げます。拒みます。
あのとき幼稚園年長だった女の子は、それまでの数カ月にわたって「暴動」をくり返していました。傍からみれば我がままいっぱいの甘ったれで粗暴な駄々っ子。お母さんも、当初はそのように考えて、強く躾けること、我慢させること、親に従わせることに力を注ぎました。
幼稚園へは行きたがらず、いわば不登園状態。園の担任や園長も「ここで甘やかせてはいけない。とにもかくにも登園させてください」とお母さんにいい続けました。
ところが女の子の「暴動」は一向におさまる気配がありません。それどころか反抗・反発の度合いは日増しに激しくなり「この子は気が狂ったのではないか」と周囲の誰もが思うほど激しいパニックをくり返すようになってしまいました。
万策尽きた感もあったからでしょう。堪えがたくて藁にもすがる思いでもあったのでしょう。お母さんは高い敷居を越える思いでカウンセリングを申し込んできました。
このお母さんとのカウンセリングを通じて、ボクが重ねたアドバイスは、大要次のとおりです。おそらく大半の方々の常識には反することであり、中には読むだけで腹立たしくなる方も少なくないかと思います。
1 、幼稚園は、思うがままに休ませてあげる。
2、 どんな我がまま身勝手であろうとも、二つ返事で「そうか。分かったよ」と
受け入れ要求に応えてあげる。
3 、 子どもが望むならば体力気力の限りを尽くし心身を駆使して遊び相手になる。
4 、 欲しがるお菓子、欲しがるオモチャは、できるかぎり快く買い与えてあげる。
5 、 極力、原則としてまったく叱らずに、できるかぎり、ネタを探してでも褒める。
藁にもすがる思いであったためでしょう、お母さんはこれらのアドバイスを必死に実行しました。その結果、もちろん紆余曲折があった末ですが、その女の子は折り合いのよい機嫌のよい子へと変身しました。それはそれは見事な変身。今は、他の子たちよりもむしろ心理的安定度の高い、しかも活発な子として小学校生活を楽しむようになっています。
けれど、これで一件落着ハッピーエンドとはなりませんでした。女の子の心が安定し学校にも元気に楽しく通うようになって以降に、実はお母さん自身の心の苦しみが深まってしまいました。わが子のあるがままの、いかにも子どもらしい姿を受け入れ赦し続けることに、激しい根深いイラ立ちを感じるようになってしまったのです。
体験した方なら分かります。お母さんのカウンセリングはそれからが本番でした。わが子を、より深く本当の意味で愛せるようになるためには、お母さん自身の生育の歴史に埋もれていたトラウマをケアする作業が不可欠だったのです。
これは本当に苦しみの深い作業です。自身の親子関係を見直し、ときには親に対して激しい怒りを表出せざるを得なくもなる作業です。ボクが知る女性の多くは、この作業に取り組みました。とても勇気を要する取り組みです。他方で、この作業に取り組むことができた男性を、ボクはごく少数しか知りません。
残念なことです。男性たちの多くは、自分の「感情構成」の源に目を向ける作業から逃げ回ります。
「俺は外で苦労してるんだ。働いて金を稼いでいるんだ」に類する言い訳を残して「心を尽くして生きる道」への歩みを放棄してしまうのです。