山崎 雅保のコラム「子育てカウンセリングレポート」
山崎 雅保(やまざき まさやす)
心理カウンセリングルーム「ハートピット」所長
心理セラピストとしてカウンセリングを担当する一方、親子問題、教育問題、更には心の健康に関する執筆活動や教育関連の団体での講演会を精力的に行う。講演は全国の教育関連担当者達の間でも好評。
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Vol. 16 『私は触って育てた』
(2009年07月03日)
長野・松川村の『いわさきちひろ美術館』を訪れました。2年ぶりです。
ボクは、松川村よりも北寄りの地が、長野と新潟の県境に近い白馬村と小谷村が大好きです。実をいうと、この大好きな山里を頻繁に訪れたいから、ということもあって、ほぼ10年間にわたって、年に3~4回の定例座談会を行ってきました。
いやいや、正確にはボクが行ってきたわけではありません。白馬村の子育て支援センターと小谷村のボランティアグループ『子どものふるさと研究会』が、さまざま工夫しながらボクのワガママな願いを実現してくれてきた、というのが実態です。
いずれにしても、本当におかげさまです。おかげさまで、ボクは最低でも年に4回は白馬と小谷の風土を存分に体感できてきました。ふり返れば、白馬・小谷は、ボクの命と仕事を有形無形で支えてきてくれたのでした。
『いわさきちひろ美術館』は白馬・小谷を訪れる道筋にあります。だから立ち寄ろうとすればいつでも立ち寄れるはずです。けれどね、あのあたりには「素晴らしい場」が無数にあるものだから、「素晴らしい場」の代表格であるちひろ美術館であるにもかかわらず、そうそう頻繁に立ち寄るわけにはゆかないのです。
でも、今回は何が何でもの思いで訪れました。なぜなら、ボクは「子ども時代のボク」に会いたくなったからです。
ボクは、クライアントのみなさんにもレクチャーしているセルフカウンセリングの手立て「インナーチャイルドワーク」(当欄のvol.11~12で紹介)を自身でも体験してきました。その結果、さまざまな悔しく辛く悲しい出来事があった自身の幼少期を、大らかに肯定的に受け入れられるようになりました。
半分は無意識に、しかし残りの半分は漠然と意識しながら、ボクは幼少期の自分の姿をいわさきちひろさんの作品の中にみてとろうとして美術館を訪れました。
ずっと以前に訪れた折に、ボクはちひろさんが記した言葉を書き写して帰りました。
「大人というものは、どんなに苦労が多くても、自分のほうから人を愛していける人になることなんだと思います」
ボクはこの言葉を、カウンセリングの中でも、講演会などでも、みなさんに手渡させていただいてきました。数え切れないほどたくさんのみなさんに手渡してきました。
親となること、親であることは、とても大変なことです。親は子に対して自分の都合を引っ込め続けねばなりません。子の都合を受け入れて親の都合を引く。それは「愛する」という行為の中核でもあると信じます。
だから「親というものは、どんなに苦労が多くても、自分の都合を引っ込めながら子の都合を受け入れる者」だと伝えたくて、ちひろさんのあの言葉を手渡し続けてきました。
今回、ボクは新たに三つの言葉を書き写してきました。
「本当に強くなきゃやさしくなれないですからね。そうすると母親がやさしいのは、強いからでしょうか」
ボクの体感では、親らしい優しさを保てない親が増えすぎている昨今です。強くないから優しくできない親が多すぎる時代です。でもね、優しさに包まれて育たなければ強くなれないのが人の心でもあるのです。
親子のみならず、みんながみんなに、もっと優しい思いを向けられる浮世を取り戻したいなあ、と切実に思っています。
ちひろさんは次のようにも記していました。
「どんどん経済が成長してきたその代償に、人間は心の豊かさをだんだん失ってしまうんじゃないかと思います。
私は絵本の中で、今の日本から失われたいろいろなやさしさや、美しさを描こうと思っています。それを子どもたちに贈るのが私の生きがいです」
ちひろさんがこれらの言葉を記したのは、もう40年近く前のことです。親子関係にフォーカスするかぎり、この間、この国は荒みと貧しさを深め続けてきたのだと、ボクは感じています。
ちひろさんは、こうも記していました。
「私は、触って育てた」
そうだよね。子どもの心身は、母の手と胸と肌と体に豊かに触れられれば触れられるほど豊かに育ちます。逆であれば貧しく荒みます。
もしかしたらハグすることがもっとも少ない国に暮らしているボクたちかもしれませんね。わが子のことはもちろんのこと、夫婦でももちろんのこと、友人とも仲間とも「もっとハグする文化」を取り戻したいですね。
ボクは、ちひろさんの絵の中にもみつけられる子ども時代のボクの姿を、大事に大事に抱き慈しんで過ごしています。