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山崎 雅保のコラム「子育てカウンセリングレポート」
山崎 雅保
山崎 雅保(やまざき まさやす)
心理カウンセリングルーム「ハートピット」所長

心理セラピストとしてカウンセリングを担当する一方、親子問題、教育問題、更には心の健康に関する執筆活動や教育関連の団体での講演会を精力的に行う。講演は全国の教育関連担当者達の間でも好評。

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Vol. 19 『歩くことで育つ心』
(2009年10月05日)

 人は歩くからこそ人です。人は歩かなくちゃダメになるなあ、としみじみ思います。
 子どもも歩かせてやることで健やかに育ちます。身体だけではありません。心が健やかに豊かに成長するためには、ちゃんと歩かせてやることがきわめて大切なのです。

 たいていの人が反省したほうがよいのでしょうね。クルマに頼る生活では、大人も子どももほとんど歩かなくなってしまう危険性があります。都市部はまだマシかもしれません。田舎暮らしとなったら日々の移動を、ドアtoドアのクルマ生活で過ごしている人々が大半なのが昨今の実情です。

 ボクは信州の白馬村と小谷村が大好きなものだから、二つの村で10年にわたって定期的な座談会を継続していて、年に数回ずつ訪れます。白馬村でも小谷村でも同じ。いつ行っても歩いている人の姿はほぼ皆無です。少なくとも地元で暮らしている大人が歩いている姿はまず見かけません。歩いてるとすればたいていは小学生、そうでなければ観光客です。

 都市部の場合、とくに東京や大阪などの大都市圏ではクルマよりも電車などの公共交通機関のほうが便利で合理的。したがって、駅までの道や乗り換えのため、日常的に歩く機会も多くなります。階段の上り下りも頻繁です。

 けれど同じ歩くにしても忙しないのが惜しいですね。ゆとりをもってのフリーウォークを日々楽しめている人は少数派でしょう。

 ここで考えてみてください。人は、本来なら、一日にどれくらいの時間歩く生き物なのでしょうね。たとえば江戸時代の庶民生活を思い描いてみてください。基本的な移動手段は徒歩です。買い物するのも、歌舞伎や落語を楽しみに行くのも、銭湯行くのも、寺小屋に行くのもみんな徒歩。商売だって行商となれば歩きっぱなしです。

 一日に数時間歩くのが当たり前だった人も多かったでしょうね。さほど歩かない人であっても、合計2時間や3時間は歩いていたのではないでしょうか。人という動物の宿命であるはずです。人という種は、一日に数時間程度歩くことで心身の健康やバランスを保てるようにできているのです。歩くなら、肩だってほぐれやすくなります。

 ボクは子育てなどに行き詰まったりイラ立ったりしているお母さんに、ほぼ必ず薦めます。

「一人で歩く時間を確保しましょうね。一日に最低30分ほど、歩くことだけを楽しむ時間を確保しましょう」

 小学校高学年と中学年の娘二人のお母さんであるHさんは、ボクの提案を即座に受け入れてくれました。しかも「一人で気兼ねなく歩ける時間は早朝にしか確保できないから」と毎朝5時ころからの1時間弱の散歩を習慣化してしまいました。

 以来のSさんは「根強かった行き詰まり感から解放されたし、イラ立つ場面も少なくなった」といいます。

 現在は高校2年生になった男の子のお母さん・Kさんはふり返ります。
「私はいつもクルマで動く人でした。けれど息子が生まれてからは"歩く"を日々の基本にしました」
 Kさんは「専業主婦だったからできたこと」といいます。たしかにそうかもしれません。
「大人の足で徒歩5分のところにスーパーマーケットがありました。そのスーパーと自宅との往復を、息子がヨチヨチ歩きできるようになってからは徒歩を原則にしました。

 あらゆる意味で息子のペースを尊重したんです。だから片道に30分以上かかってしまう場合も稀ではありませんでした。息子はアリをみつけては座りこみ、花をみつけては眺めたりゆっくり触ったり、橋の欄干の昆虫の装飾の一つひとつをたっぷりなでながら歩いたからです」

 Kさんは、そのようにしてゆったり歩いた日々が息子さんの情緒的安定の土台を培ったのだと実感しているといいます。
 Kさんの息子さんは、遊ぶこと、趣味、勉学、友人との交流などなど、すべての領域で高い適応力を示す高校生に育っています。

 高橋英夫さん(評論家)の著作『小林秀雄~歩行と思索』の冒頭には次の一節があります。
「歩くのは肉体であり、精神である。肉体と精神の組み合わされた綜体としての人間である。綜体が歩くことによって、思考の回路は全通する。」
 人は歩くことによって本来の思考を重ねられるというのです。

 ボクはカウンセリングの中で多くの方々の生き辛さや行き詰まり感を見守りながら痛感してきました。歩かない人の思考は堂々めぐりしがちです。歩かない人はストレスまみれになり、ストレス解消のために何らかの依存症傾向から離脱できないまま過ごします。

 つまり歩くことを疎ましがる人が親である場合、子どもは「健全な思考」を保てていない親が「絶対環境」となってしまうがゆえに、深刻な悪影響を受け続けることになりかねないのです。

 いうまでもないことですが、歩くことが困難な身体的ハンディキャップを負った親の場合は違います。大事なのは「そこ」に留まらずに常に新たな領域へと心身を移動できる自発的意欲を持っているか否かです。

 高橋英夫さんは同書にこう記しています。
「歩行は空間の獲得であり、獲得する一方での空間の放棄、あるいは喪失である。」
 空間を喪失しつつ新たな空間を獲得する。それが前進ということですね。
 人は、心身をもって歩くことによってのみ前向きであれる、ということでしょう。




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