山崎 雅保のコラム「子育てカウンセリングレポート」
山崎 雅保(やまざき まさやす)
心理カウンセリングルーム「ハートピット」所長
心理セラピストとしてカウンセリングを担当する一方、親子問題、教育問題、更には心の健康に関する執筆活動や教育関連の団体での講演会を精力的に行う。講演は全国の教育関連担当者達の間でも好評。
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Vol. 20 『親であるという、この世でもっとも大変な仕事』
(2009年11月05日)
アメリカの心理カウンセラー=ジョン・ブラッドショーは、著書『インナーチャイルド(原題=Home coming/NHK出版)の冒頭部分で強くアピールしています。
「この世の暴力と虐待は、傷ついたインナーチャイルドによってなされている」
傷ついたインナーチャイルドが為してしまうのは暴力と虐待だけではありません。殺人や強盗や略奪や詐欺といって典型的な犯罪行為も、あるいは若者が行いがちないわゆる非行行動も、薬物依存やアルコール依存などの社会的破綻行為も、すべては「傷ついたインナーチャイルド」が為すことなのです。
私たち人の記憶には、生まれてからこれまでに体感した無数の記憶が刻まれています。記憶というよりも思い出というべきかもしれません。ごく分かりやすくいうなら、それらの思い出の一つひとつが「インナーチャイルド」だということもできます。よき思い出は、人の現在や未来を豊かに幸せに導くインナーチャイルドです。理不尽な辛さや苦しみに見舞われた思い出は傷ついたインナーチャイルドです。
誰しも悲しみや苦しみや悔しみの思い出を抱いて生きています。しかしそれら傷ついたインナーチャイルドである思い出の総量が莫大であり、よき思い出を圧倒して余りあるほどだとすれば、人は暴力、虐待に類する犯罪行為を行うことでしか存在としての危ういバランスを保てなくなってしまうのです。
傷ついたインナーチャイルドに深い傷を負わせたのは、大半の場合に親です。したがってボクは、さまざまな犯罪が報道されるたびに、ましてそれが残虐な犯罪であったり、理解しがたいといわれがちな衝動的にみえる犯罪であればなおさらのこと、その犯罪を犯さざるを得なかったその人の中で呻き苦しんでいるインナーチャイルドを思います。深い傷を負わせてしまったあげく、傷をケアすることなく放置したはずの、その人の親の「親としての在り方」を想います。
ごく平らな言葉に言い換えておきます。
ボクは犯罪を犯してしまった人の姿が報道されるたびに、その人の親が犯してしまった「親としての罪」を想ってしまうのです。
誤解しないでください。ボクは犯罪を犯してしまう結果になった人々の親たち個々を責めたり批判したりする気持ちは毛頭ありません。そうではなく、社会全体の親性のあり方を問うのです。ボク自身も構成員であるこの社会全体に潜在する「親としての在り方」を見つめざるを得ないのです。
前記のジョン・ブラッドショーは、同じ本の中盤で語っています。
「良い親であるということはきつい仕事です。それは私たちが経験する仕事の中で、最もハードな仕事であると思います」
心理カウンセラーとして、子どもの上にあらわれる様々な問題に、どのように対処したらよいのか思い悩み苦しむ親たちの姿をみてきたボクも痛感しています。「良い親」であろうとする以前に「親として求められる機能をそれなりに有する親」であるのが、実はとてもきつい仕事なのです。
ブラッドショーは続けます。
「良い親になるには、精神的に健康でなければなりません。自分の資源を使って自分の欲求を満足させる必要があるし、そのプロセスであなたをサポートする配偶者か重要な他者が必要です。何よりも、あなたは自身のインナーチャイルドを癒しておかなければなりません」
多くの場合、母親たちは子育てという厳しい仕事に取り組まざるを得ないがために、葛藤と苦闘をくり返す中で「親としての在り方」を学び「親としての愛情」を深めてゆきます。そうせざるを得ないのが多くの母親たちの宿命です。
他方で、とくにこの国の父親たちは「父親として葛藤し苦闘するチャンス」に恵まれません。恵まれないというよりも「金を稼ぐ仕事」を言い訳にして、ブラッドショーがいう「私たちが経験する仕事の中で、最もハードな仕事」から逃げてしまうのです。その結果、母親たちは「サポートする配偶者」を得られないまま孤軍奮闘することになりがちです。
薬物依存者の増加。社会不適応の心理状態に留まる若者たちの増加。彼ら彼女らも「傷ついたインナーチャイルド」を心のうちに抱えているのです。
心理カウンセリングの現場にいると、この国では「家庭としての機能」を失った家庭が激増していると感じてしまいます。父親たちのみならず母親たちの中にも「親としての機能」を育めないまま子どもと暮らしている者が急増しているのを体感します。
今のこの国では心理的な傷を幾重も負ってしまっているがために心荒(すさ)ませてしまっている、とても多くの子ども達が呻き声をあげ続けています。そんな子ども達が「心の傷」を癒されないまま大人になってしまうとしたら、日本にはさらに多くの暴力と虐待が蔓延することになるのかもしれません。