山崎 雅保のコラム「子育てカウンセリングレポート」
山崎 雅保(やまざき まさやす)
心理カウンセリングルーム「ハートピット」所長
心理セラピストとしてカウンセリングを担当する一方、親子問題、教育問題、更には心の健康に関する執筆活動や教育関連の団体での講演会を精力的に行う。講演は全国の教育関連担当者達の間でも好評。
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Vol. 23 『離婚。子どもの意見を尊重するべきか』
(2010年02月05日)
R子さんは、夫からのモラルハラスメントに長く悩み考え続けた末に「やはり離婚しよう」と、ほぼ思い定めました。しかし、それまで親身になって相談に乗ってくれてきた友人のアドバイスに戸惑います。
「最終的な結論を出す前に、子ども達の意見を聞いてやらなきゃダメよ」
R子さんは「なんで?」と思いはしたものの、迷い始めました。本当に子どもたちに意見を求めるべきなのだろうか。そうなのかもしれない。いや、それはしてはいけないことのようにも思う。
迷い困ったあげく、R子さんはボクのアドバイスを求めてきました。
ボクはほぼ即座に「原則としては、子ども達の意見は問わないほうがよいですよ」とこたえました。
R子さんの子どもは二人。第一子は8歳、第二子は5歳です。第一子は、すでに物事の道理が分かり始めてはいるでしょう。離婚ということがどういうことなのか、いくらかは承知してもいるのでしょう。
けれど、母親がなぜ離婚に踏み切るほどに苦しんでいるのか、両親の間に何があったから母親が苦しんできたのか、離婚の結果、生活がどう変わるのかなどはほどんど理解できません。まして幼児である第二子は、まだまだ離婚が意味することなど理解はできないと思ったほうがよいはずです。
いずれにしても、幼い子どもにとって「離婚」は「どういうことなのかあんまり分からない。けど、なんだかとっても嫌なこと」でしかありません。少なくとも思春期以前の子どもには、問われても意見など見出せない重大事なのです。
子どもの立場にたって想像してみてください。
両親の仲が悪く、いつも諍いばかり。怒鳴り合いも暴力もある。そんな中で子どもはどう感じているでしょう。どんな親であっても親は親です。子どもは、自身を虐待する親であっても慕います。
たいていの場合、子どもは両親の仲がどのようであっても、子どもへの言動がどのようであっても、「仲よくしてほしい。家族みんなでこのまま暮らしたい」と願います。
子どもは親の意に添おうともします。たとえば母親が「あんなお父さんとは別かれたい。お前もそのほうがいいでしょ?」と問えば、母親の言葉にうなずかなければないという思いにとらわれがちです。
「離婚の是非」を子どもに問うとは、子どもの心に、そのような理不尽なストレスを負わせることにもなるのです。
もっと悲しいのは、ときとして見限らせる結果にさえなります。
「あんなお父さんとは離婚したいの。お前がそうしてほしいといえば、ママはすぐに決心できるのよ」
母親が子どもに、もしもそのように問うとしたら、それは最終決断を子どもに強いているのです。仮に子ども自身も「あんなお父さんは嫌だ。別れてほしい」と願っているのだとしても、問うのは過酷すぎます。
説明するまでもないはずです。子どもが「うん、別れてほしい」とこたえるとすれば、そのとき子どもは自ら父親を見限るのです。その瞬間にそうとまでは意識しないかもしれません。しかし人の心は、自分でも気づかぬままに傷を負うし、重荷を背負ってしまいます。
離婚のあげく、時の流れの中で母親の心に後悔の念が芽生えたとしましょう。そんなとき、母親は問うかもしれません。
「お前だって離婚してくれといったよね。でも早まっちゃったかもしれない。本当は離婚なんかしないほうがよかったのかもしれない」
もしそんな言葉が母親の口から出れば、子どもは「自分が離婚させてしまった。だからママは苦しんでいるんだ」とも考えてしまいます。
離婚は、あくまでも大人の問題です。母親なり父親なりが、子どもの行く末をも思っての離婚だとしても、あくまでも大人の責任で決断するべきことです。
子どもの思いを尊重することは大切です。それだって親が最大限の誠意をもって、子どもへの敬意を胸にして斟酌することです。判断を問うことではありません。
子どもは、両親の離婚という「運命」も受け入れます。受け入れざるを得ません。
親が十分な思慮と配慮の上で離婚を決断するのなら、そして離婚して後の生活に意を尽くすのであれば、子どもは時の流れの中で「親の決断」を「これでよかったのだ」と深く納得してゆきます。
離婚を考えている方は、どうか以上のことを胸にとどめておいていただきたいと願います。