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「負けてたまるか!」

濱宮 郷詞(はまみや さとし)

福祉講演

 この度、「講演依頼ドットコム」さんのご好意により、コラムを掲載させて頂くことになりました濱宮郷詞と言います。末永くよろしくお願い申し上げます。と言いつつ、実際コラムと言っても何を書けばよいのか。文才の無い私は戸惑いを感じながら書いている次第でありまして、…恐縮しているというのが現実です。結局、何を書こうかと考えたところ、講演で話しているお話を含め、自分自身が車椅子生活になってしまい色々体験した事をここに書かせてもらおうと思います。それが私を知ってもらうことの一番近道だと思います。そして、読んで頂いている中で、きっと何かを感じてもらえると思います。文才無く読みづらいかも知れませんが皆さんお付き合いください。

第4回 運命の日

 中学、高校生の時は、母子家庭とはいえ、結構自由にさせてもらいました。
父親のいない寂しさは小学校の低学年ぐらいまででした。慣れるんですね人間って奴は・・・。
特に中学生の時は、はじけていました。父親がいない方が自由にさせてもらえるのかも知れません。
中学1年生の頃から色気づき彼女もいましたし、でも、裏を返せば寂しさの反動かもしれません。

 そういえば、こんな事がありました。 中学2年生の頃の話です。
当時付き合っていた彼女のお母さんがすごくか厳しい方だったんです。で、その彼女が「家を出たい」と言い出しまして。
結局、その家出のお手伝いをするはめになりまして。一緒に家出計画を練ったんです。
でも、私は自分の家にまったく不満はなく家出する気もなかったのですが・・・
本音といえば、「まいったなぁ〜」って感じでした。
でも、彼女が泣きながら訴えているわけで・・・手伝わざる負えなくて・・・。
結局、すぐに見つかったのです。所詮、中学2年生の家出です。
見つかった時は、彼女には悪いけど「あ〜よかった。」って感じでした。

 そんな楽しい中学時代も終え、高校に入学です。6校ほどお誘いが来まして、そのうちのひとつにオリンピック選手が出た学校があったんです。母子家庭で私立高校には行けるはずは無く、県立の高校しか行けません。でも、そのお誘いがあった中に県立でオリンピック選手を育てた先生がいらっしゃると聞き、迷わずその高校を選んだのです。それが、相模台工業高校。

 それで、担任に私の成績で行けるのか、確認したのです。そうしたら、「全然問題なし」という有り難いお言葉。「絶対に落ちない」と太鼓判を押され、受験をしたのです。結局は、学年2位の成績。「新入生代表の挨拶」まで言わされて、高校生活のスタートです。でもね、男子校なんです。結果的には陸上部自体は正解でしたが、もっと高校を選べばよかった。
もう、最悪な高校。でも、今振り返ると面白い学校だったのかも知れません。

 何の授業か忘れましたが、「実習」かも知れません。工業高校には「実習」という授業があり、作業服を着て実験をするのです。職業訓練校みたいな感じだと思います。普通科の授業と工場の授業というか、そんな授業があるんです。化学工学科だったので、週に1回理科の化学の実験のようなものを1日中やる日があるんです。そして、終わったらレポートを提出。私は、なんでもすばやく終える方で時間にゆとりがありまして・・、ある時、それを感じた先生が私を呼ぶんですよ。

「濱宮、おまえちょっと来てくれないか!」

「はぁ?はい」

 なんだろうと思いながら先生に付いて行ったのです。
そしたら、倉庫のような所へ連れて行かれ、「おまえちょっと手伝ってくれ」と言われたのです。
で、辺りを見渡すと、なんとあたり一面「空になった酒ビン」だらけ、「お前なら平気だろ」とその酒ビンの片付け。
「なんでこんな所に酒ビン?先生あんまり飲むなよぉ〜」と私。(そういえば、終業式の放課後とによく職員室で飲み会を開いていたっけ!?)

 今思えばそういう意味ではおもしろい学校でしたね。まっ、そんな高校で棒高跳びを続けていまして、高校時代の3年間は全国大会やら全国合宿やら、色々な所へ遠征をさせて頂きました。青春時代の楽しい思い出を作らせてもらいました。


昭和五十六年五月二十四日

 この年は神奈川県で全国高校総合体育大会が開かれる年だったんです。で、それに向けて色々な合宿等が開かれていました。この日の県大会も「審判団の全国大会に向けての練習を兼ねている」と説明されました。と言われても何をどうやるのかは説明されず、選手達はいつもの大会の様にウォーミングアップをしていました。県大会と全国大会は手法が違うんです。県大会はウォーミングアップが終わるとすぐ試合に入ります。しかし、全国大会はウォーミングアップの後に一人ひとりゼッケンを呼ばれ、練習をさせてもらえるのです。しかし、何をどのように全国大会風にするのか、そういう説明を受けていなかったので、私はウォーミングアップも終え、いつもの大会のようにウェアを着て横になっていました。

 横になっていたというか、正しく言うと「棒高跳びは自分の跳ぶ高さになるまでパスをする」のです。当時の私は、県大会では私が跳び始める高さには誰も残っていなくて、私が1回跳べば「県記録で優勝」というくらい調子が良く、「向かうところ敵無し」状態だったのです。高校2年生の時に作った自分の県記録を破り、「どのくらいの記録が出るか、日本高校記録に近ずくか」、というのが新聞などで注目されていました。棒高跳びは「朝一番に始まり午後の最後に終わる」位の試合時間が長時間になるので午後までパスする私は身体を休めていたのです。

 それで、横になり自分順番まで待っていたのです。すると、「濱宮さん、ゼッケン****の濱宮さん、跳んで下さい」そう呼ばれました。その言葉に私は慌てました。「そうかぁ全国大会の練習ってこういう所もするのかぁ」先ほど説明した通り、一人ひとり練習させてくれるようです。私は休んでいたので跳びたくなかったのですが、「審判の練習に協力しなきゃ・・」と慌ててスパイクシューズを履いてピットに立ちました。そして、慌てて走り出したのです。ポールをボックスに突っ込み、空中でターンをしたのです。

「あっ危ない!」
その叫び声と共に、私は、地上5メートルの高さに放り上げられ、そして、そのまま硬い地面へと墜落してしまいました。
「ドスン」 地面に叩きつけられたその瞬間、観客席から悲鳴が上がりました。

そして、自分では気づかぬうちに私の身体は死んでしまいました。

つづく


<濱宮 郷詞講師のコラム バックナンバー>

第 3回 母子家庭
第 2回 父の死
第 1回 私は死にました
 
 

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