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Vol.52 「行動するときの判断基準を変えてみる」
行動するときの私の基準は、「好きか、嫌いか」、「やりたいか、やりたくないか」。自分の気持ちを、一番重視している。でもそれは、「今」の話で、社会人になるまでの私は、あまり突飛なことをしない優等生だった。
だから、何かを決める際、大事だったことは、人から見て「いいか悪いか」、「かっこいいか、かっこ悪いか」、「正しいか正しくないか」という判断基準だった。奔放でわがままで自己中心的性格なのに、あまり出さずに、まっすぐなレールの上を走っていた。
みんなが大学に行くから行った。やりたくないのに、大学3年のころ、公認会計士の勉強をはじめて、簿記の学校にも通った。ずっと我慢していたんだと思う。何かがたまって、苦しくなった。簿記の勉強をはじめて1年。まったく手につかなくなった。
そんな時たまたま読んだ、1冊の本。それが、作家・中谷彰宏さんの『大学時代にしなければならない50のこと』(ダイヤモンド社)。そこにはこう書かれていた。「好きでもない勉強をする人は、勉強しない人以下です。さっさとやめましょう」
まじめに1年間勉強してきた私にとって、この1行は、天地を揺るがすくらいに大きな衝撃だった。
朝から晩まで、ずーっと机に座って勉強してきたこの1年。結局はやらないほうがいい、だなんて。この1年は無駄だったのか。あれ?そもそも何で私は勉強してたんだろう。「しなきゃならない」と思っていたけれど、本当にそうだろうか。意地になってなかったかをよく考えた。
意地になってた。
できもしない簿記の計算を、電卓たたいてやってる姿が難しいことにチャレンジしているようで、がんばってるようで。このままやめたら後悔すると思っていた。だって、自分で選んだ道なんだから、と。でも、「好きでもない勉強をする人は、勉強しない人以下」と書かれてある。そして頭を殴られるくらいの衝撃を受けたということは実は自分でもそう思っていたのかもしれない。
意地になってたんだ、やはり。
私は勇気を出してみた。少しだけ。今までやっていた勉強を、1日、休んでみた。「あれ?休んだらもう駄目だと思っていたのに、気持ちがこんなに楽だ」と気づいた。「駄目だ」「無理だ」なんて思っていたのは、私の頭の中で、がんじがらめに自分で作った枠だったのだ。
やめてから、好きなことをやった。そのときは本を読むこと。もともと好きだったのに、勉強していたからなかなか読めなかった。それでも読みたくて、夜の30分だけは読書に時間を割くほどに好きだった。それを1日中やってみた。気持ちいい。
私は決めた。これからは、「好きなこと」だけ、しよう。好きなことをするためのしなければならないことは、もちろん、しよう。行動するときの判断基準は、「好きか、嫌いか」ということにしよう。
だってそのほうが楽しいから。好きでもないことを我慢してやるほど、人生長くないから。
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