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Vol.62 「頼まれごとは試されごと」
先日、クロフネカンパニー代表の中村文昭さんが、こう言っていました。「頼まれごとは試されごと」だと。師匠から、すごく厳しく、そう教えられたのだそうです。私はその言葉を聞いて、ひやーっとしました。今までに、どれだけ頼まれて、どれだけ自分の価値観でそこそこにこなしてきたか・・・。
ジュース1本買うにもダッシュで行くように、何かを頼まれたときに、即答でそれに答えようとする。自分の意志がないように見えるその行動は、実は、相手のことを受け入れていることなんだなあと最近気づきました。
頼まれるほどではないけれど、さらっと言われたことに対しても同じ。
つい、「自分はこう思う」と、自分の価値観でその「頼まれごと」を評価し、自分で答えを出したくなる。私がやったんだとこっそりと自己主張するためか、自分も意見を出して決断を自分でしたように話してしまう。
頼まれたことも、言われたことも、きっと試されているんだ。全部のそれを試されているとして全力を注がなくてもいいから、せめて自分が大事にしている人からの頼まれごとには、全力を尽くして答えたいと思っています。
自分の意志で進んだ1歩じゃなくてもいいんだなあとなんとなく思ってきました。大きな川がうねるように、方向は自然と決まっていくんだと。それが、頼まれごとをすることで、自分の方向が定まったりすることもあるだろうなあと思うのです。
人のほうが、案外自分のいいところを客観的にみてくれていて、「あの人ならできるだろう」と頼んでくれているのかもしれません。だから、頼まれごととは、単に頼んでくれた人から試されているだけではなく、自分自身の新たな一面を引き出す、自分自身の試しでもある。
私の場合は、司会を頼まれることが多くなってきました。自分ではノーマークの職種だったのですが、試されてみます。
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