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Vol.63 「若いころの自信は、勇気」
「若いころの自信は、勇気だと思う」そう、妹が私に言いました。一方、私の若いころの自信は、過信でした。でも、必要な過信だったと思う。そのころ、びびっていたら、何もできなかったと思う。1歩も前に進めなかったと思う。
「自信」という言葉の定義つけが、どうもうまくできません。若くて何も知らないときに自信満々で虚勢を張るのと、いろんなリスクをくぐってきて、自分の自信のない面もわかった上で、それでも自信満々になるのはまったく別物だから。
若いころの自信は、自分を知らないからこそ思う過信。年をとってからの自信は、それでも自分を信じるという決意。そう思ったけれど、なんだかしっくりこない。たしかに、妹のように、「若いころの自信は勇気」だといわれればそんな気もしてくるから。
そんなとき、心の中のモヤモヤにまさにドンピシャの1通のメールが届きました。多摩大学教授の、田坂広志さんのメルマガ。そこにはこう書かれていました。
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「才能を生かす才能」
学生時代、演奏家としての道を志す友人がいました。まだ無名の時代に、彼が、呟くように語っていた言葉を思い出します。「自分の才能を信じられなければ、この道は歩めないよ」。
その友人と、二十年の歳月を経て、会いました。彼は、演奏家として、すでに、社会的な名声を得ていました。久しぶりに聞いた演奏に感銘を受け、昔を思い出し、彼に、言いました。
「君には、やはり才能があったのだね」その言葉に対して、彼は、ためらいながら、語りました。「自分には才能がある。そう思ってしまうことが、怖いことなのだね」
二十年の歳月を経て語られた、正反対の二つの言葉。その言葉を前に、思います。己の才能を、信じるべきときに、信じ、過信すべきでないときに、過信しない。そのバランス感覚こそが、才能を生かす才能、なのかもしれません。
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自信とは、信じるべきときに信じるもの。自信とは、まだ自信がないときにこそ、持つべきものなんですね。なんとなくすっきりしました。若いころの自信は、勇気。行動しない理由を「自信がないから」と言わないことにします。
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