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Vol.
9 「自由と責任」
アメリカに来てから、“自由と責任”という言葉は常に絡んでいる様な気がします。こちらに来てから、何人もの日本人の若者と出会ったり、また自分のホームページを通じて、メールでやり取りをしています。その中で“自由”という言葉はよく出てくるのですが、その後の“責任”が感じられないことが非常に多いです。
よく、「アメリカは練習が楽だ」と言う話になりますが、あくまでも全体練習が短いだけで、個人的な練習はかえって、外国人のほうがするかもしれません。まあ、全体練習が少ないために、当然個人練習が多くなるのだと思いますが。この辺りをこちらに来ている若い選手が、上を目指している外国人選手を見て感じない限り(といってもアメリカでは自分も外国人選手ですが)、なかなか上がれない気がします。
日本の野球は、小さいころから“やらされる”ことが多く、自分で感じて何かをするとか、怒られないようにプレーしている選手が多い気がします。アメリカでは、自由というものがありながら、自分で考えて何かをしないと何も出来きませんし、コーチは自分から聞きに行かないと何も教えてくれません。ただ、コーチも準備はしているので、こちらから訊けば良いアドバイスがもらえるし、、練習の手伝いをお願いしに行けば、よく手伝ってくれます。
ひとつ例を挙げれば、ウォーミングアップを中学生や小学生にやらせても、日本の選手は指示がないと何も出来ないでしょう。以前トライアウトに行った時、ある若い選手がウォーミングアップの時間がないと嘆いていました。しかし、30分前にはグラウンドに来て、15分ぐらいのウォーミングアップ、というのはこちらでは普通のことなのです。時間がないというのならば、着いてから全体のウォーミングアップの前に自分で動けばいいのですが、指示がないと動けないのが日本人の習慣としてあるようです。もしそれでも時間がないと分かっていれば、自分の部屋でストレッチをするようなことも可能なのです。時間はつくればいくらでもあるのですから。
広辞苑によれば「自由」というのは以下のように記されています。
「一般的には、責任を持って何かをすることに障害がないこと。自由は一定の前提条件の上で成立しているから、無条件な絶対の自由は人間にはない。自由は障害となる条件の除去・緩和によって拡大するから、目的のために自然的・社会的条件を変革することは自由の増大である。この意味での自由は自然・社会生活の法則の認識を通じて実現される。」
このような言葉の意味の自由を、日本の若者にも感じてもらいたいものです。
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