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Vol.21 話し上手、グレート・コミュニケーターの本音
世の中には、実に色々なタイプの人がいる。愛想のいい人・悪い人、べらべらとよく喋る人・そうでない人、他人を褒めるのが上手な人、一年中中文句ばかり言っている人など、人間のコミュニケーションの姿・形は実に様々である。
通常、一般社会では、どんな相手を前にしても、その相手とうまく交流を図れるように努力する人が好感を持たれるものだ。それ故、ビジネスで接する相手、あるいはプライベートで接する相手にかかわらず、人は皆、会う相手によってそのコミュニケーションの方法を上手に変えている。
概して、「話し上手」「グレート・コミュニケーター」は、外(人前)では活動的でリーゾナブルな話し方・振舞い方を実践する。ところが一方、そうした人々は、私生活においては"極めて静かで質素な生活"を好む場合が多い。これをわかりやすく言えば、「たいていの場合、仕事上、人前で話す機会が多い人ほど、私生活ではエネルギーを消耗するのを極力控えている」ということだ。
話し上手の人は、<うまく話すという行為>は、<実に気を使う行為>だという理屈を知っている(実感している)。当然のことであるが、人間は皆、育った環境や備えている知識・教養が異なる。そして、人生観、価値観、世界観なども人によって違う。したがって、ここで正論を言うならば、他人とより良いコミュニケーションを図るためには、「それぞれの相手が持つ"持ち味"や"器量"を瞬時に見抜き、常にお互いの意思の疎通が図れるように適切なコミュニケーションの方法をとること」が求められるわけだ。
たいていの場合、他人と価値ある交流を図りたいと考えている人は、常に、異なる存在者を目の前にして、相手とどのように交流を図ったらよいかということを考えているものである。「話し上手」とか「グレート・コミュニケーター」とか呼ばれる人たちは皆、このことを真剣に考え、できるだけリーゾナブルな形で実践する人であるといえよう。
実に、人間は、他人とより良いコミュニケーションを図ろうとすればするほど、「相手に対して気を使う存在者」になろうと努力するわけだ。「コミュニケーションという代物は、一見簡単なようで"実は極めて難しい"」というのが、私自身の捉え方である。
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