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Vol.22 ニューヨークでは、肌の色よりも「チャレンジ精神」が台頭する
ニューヨーク・マンハッタンといえば、世界経済の中心地であり、アメリカ国内だけでなく、世界中から“やる気満々のビジネスパーソン”が集まる場所である。マンハッタン島は“眠らない街”とも言われ、早朝でも深夜でも、至る所でエネルギッシュに闊歩する人々の姿を見ることができる。
日本人がニューヨークをイメージする時、最初に思い浮かぶのは、ビジネススースをスマートに着こなした人々がさっそうと歩いている姿ではないだろうか。これは言うなればニューヨーカーの表面的なイメージであるが、今回は、彼らの心うちに潜むメンタリティーは一体どんなものなのかについて述べてみたい。
私は、ニューヨークには、「尊厳(dignity)を持った一個の人間として価値ある生き方をしたい」と考える“人類愛的スタンス”を備えた人が多いという見方をしている。
承知のように、ニューヨークは、「人種の坩堝」(melting pot)といわれている。そして、たくさんのニューヨーカーの心の中には、「人種が違っても、神の下では、皆、同じ人間である。したがって、肌が何色かということよりも、それぞれの人間が一体どんな価値のある存在者なのかという問題のほうがより重要だ」という意識があるといえる。
その反面、広大な大陸に点在する地方都市においては、経済社会で成功する条件として、「その本人が、多数派民族であるアングロサクソン系アメリカ人である」ということが大前提となることがしばしばある。
日本でも知られていることだが、アフリカ系、アジア系、ヒスパニック系、ユダヤ系などのアメリカ人は、保守的な土地柄を持つコミュニティーにおいては、直接的にも間接的にも不当な差別を受けることがある。 例えば、悲しい事実であるが、日系アメリカ人や日本人が白人の個人宅に訪問する際、“玄関先で立ち話はするがリビングには入れない”という白人家庭も実際にある。
ところが、同じアメリカでも、ニューヨークという場所は、「人種の坩堝」(melting pot)であるという理由から、極めて異なる地域性を持っている場所であるということができる。ニューヨークでは、実に様々な人種、民族、文化、習慣などが交錯するあまり、他の地域で見られるような白人による非白人に対する差別的振る舞いはそれほど多くはないのだ。
このような理由から、ニューヨークは、肌の色に関係なく、「ポジティブ志向で頑張ろうとする人」、そして、「何かを成し遂げようという野心を持っている人」にとっては、限りない可能性にチャレンジすることができる特別な場所であると私は考える。
ニューヨークは、まさに、「人間の価値は肌の色で決まるのではなく、“本人のやる気”で決まる」というスピリットが通用する場所なのである。
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