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Vol.27 「個」を重要視する経営者の精神、個々の社員の精神
先日、私は、アサヒビール株式会社の社内報における特集企画の取材を受けた。取材内容は、「話し上手・聞き上手になるためには一体どうしたらよいのか」というものであった。
業界にかかわらず、「話し方・聞き方がうまい」、つまり、「コミュニケーションが上手である」ということは、経営者や経営幹部であろうと、あるいは、個々の社員であろうと、"一個のビジネスパーソン"として必要不可欠な条件であるということは言うまでもない。
思うに、このビジネス社会においては、コミュニケーションがうまい人はどこにでもいる。話し方がうまい人、コミュニケーションがうまい人は、どこの企業にいっても必ずいるものだ。だが、コミュニケーションがうまくても、より価値のあるビジネスを遂行していくためには、それだけでは足りない。経営者や経営幹部だけでなく、個々の社員においても、しっかりとした「哲学」「理念」を持って日々の業務に取り組み、「会社の独自のプロジェクトを通して一体どのように社会やコミュニティーに貢献していくのか」ということを考えることが求められる。
そこで今回は、日本のビジネスパーソンが今、見直すべき問題、即ち、「組織人であるビジネスパーソンは、"一個人"として、一体どのような精神を築いていくべきなのだろうか」という問題について、様々な見地から述べていくことにしたいと思う。
まず第一に、日本における個々人の権利意識について歴史的側面から考えてみたい。言うまでもなく、我が国は、古代において中国から律令制度を導入した。古代ロ−マ法の精神では「法は個人間の紛争を解決するための道具である」という基本理念があったが、一方、中国や日本の古代法では、「統治者が定めた法を被統治者が守る」という"戒律的な意味合いが"そこにあったわけだ。
日本において、「法」によって個人の権利が擁護されるようになったその歩みは、西洋のそれと比べるとまだ歴史が浅い。しかし、実際、(被統治者である)庶民の生活においては、古くから"相互の関係において個人を尊重しよう"とするスピリットが存在していたと私は考える。
承知のように、明治憲法においては、現行憲法ほどの人権保障は定められてはいなかったが、当時の人々の心の中にも個人を尊重しようとする精神が確かにあったといえる。実際、市民レベルでの人間関係においては、個人として、お互いを尊重するスタンスが人々の間に"暗黙の了解"として存在していたと解することができる。
"日本流"の個人を尊重しようとする精神として考えられるのは、いわゆる「義理」と「人情」である。加えて、それと並行して「本音」と「建て前」という"二重の基準"ともいえる日本式の精神構造をスマートに使い分けることによって、人々は、厳格な縦社会構造の中で、複雑な人間関係を上手にマネージしていたのだ。
義理と人情は、日本の地域社会の人々の生活の中に古くからある伝統的な精神構造である。それらが明確に概念化され始めたのは、言うなれば江戸時代に入ってからである。当時の庶民が持つ独特の精神構造を描写した人物といえば、脚本家の近松門左衛門(1653〜1724)を挙げることができる。
近松は、元禄末期に多くの庶民に愛された浄瑠璃(じょうるり)や歌舞伎の一連の作品の中で、封建主義の時代において人々がどのようにお互いの立場を気遣い、それぞれが「異なる感情を有する個人」としてどのように交流していくべきなのかということを、「演劇」という一般大衆にアピ−ルしやすい方法を使って多くの人々を魅了した文学者だ。近松は、自身の作品の中で、社会に存する義理と人情の狭間で苦しむ人間の悲劇を描写することに努めた。これは、当時の封建社会、即ち、(1)「縦社会構造に定着した厳格な道徳や規範」と、(2)「人間としての本来の愛情」とが対立する構図として表現されたものとして解することができる。そうした彼の文学の中にある"本質"は、ある意味で、「一個人の存在の意味は何か」という、"人間存在における最も重要な問題"であったと解する見方もできよう。
日本研究に造詣が深いコロンビア大学のドナルド・キ−ン名誉教授は、イギリスのシェイクスピアと日本の近松の比較研究おいて非常に興味深い見方をしている。キーン名誉教授は、シェイクスピアの作品の悲劇の主人公は皆、身分が高いが、近松の作品での主人公は"庶民"であるということに着目する。そして彼は、両者の文学の比較において、「近松の一連の作品が主眼とした悲劇の主人公は支配階級に属する権力者ではなく、一般の庶民そのものであった。だからある意味で、シェイクスピアよりも近松の方がより近代的である」と述べている。
明治初期における西洋文化、思想、科学などの移入については、「鎖国政策で盲目になってしまった"島国日本"が、急速に世界の列強と肩を並べるためには通らざるを得ないプロセスだった」という見方が一般的だ。明治、大正、昭和と、日本は長いあいだ帝国主義国家として歩み続け、1945年に太平洋戦争に敗れた。翌年、日本は、G.H.Q.の指導の下で日本国憲法を制定したが、その憲法の精神基盤は、アメリカの独立宣言や連邦憲法に強い影響を受けた。
アメリカ合衆国憲法の精神が「自由」と「平等」を基調とするものであることは、広く知られていることだ。しかし、実際のところ、日本人には、そうしたアメリカ型の自由・平等という観念は"どうもしっくりとこない"というのが本音ではないだろうか。むろん、「自由・平等でありたい」「差別されたくない」「自分の権利をしっかりと守り、それを行使したい」という人間としての欲求は、西洋諸国でも日本でも、一個の人間としての欲求には違いない。それにもかかわらず、日本人はなぜ、それらの概念に対して程よい親近感を感じることができないのであろうか。
考えられる理由の一つは、「西洋と日本では宗教観が違う」ということだ。基本的に、西洋の近代思想は、キリスト教文化に基盤をおいた"天賦的な人権思想"であり、そこには「自由・平等は、神から万民に対して与えられたものである」という理念が意気揚々と息づいている。
もちろん、日本人にとっても「人間としての自由・平等を堅持したい」とするその願望は同じことである。だが、元来、日本で長く信じられてきた宗教は、神道や仏教である。遠い昔からそうした宗教観が人々の血の中に浸透しているこの日本に、ある時、突然、西洋型の自由・平等思想を持ち込んでも、一般大衆がそれに馴染むまでにはある程度の時間の経過が必要となるものだ。
そうであるならば、我々は、そうした西洋の思想について一体どのように受け止めていけばよいのであろうか。そして、それを一体どのように日常生活、ひいては経済社会における基本精神として浸透させていくべきなのであろうか。私は、このことを考える上で極めて重要な問題は、「1868年、明治維新で花咲いた文明開化から現代に至るまでのプロセスをどう捉えるか」という問題であると捉えている。
私は、現代の経済社会を生きる我々がより深く考えなければならない根本的な問題は、まさにこの問題であると考える。即ち、我々は、今こそ、日本独自の「文化」「伝統」を維持しながら、かつて西洋から輸入した近代思想である「自由」「平等」「正義」などの概念について十分に理解することが求められているのだ。そうすることで、我々は、自分たちの文化やアイデンティティーを守りながら、「個人の尊重」「人間の尊厳」という概念を"自分たちの血の中"に徐々に浸透させることができるのではないだろうか。
今、21世紀を生きる我々は、明治維新を"単なる過去の経験"として歴史の暗闇(くらやみ)の中に封じ込めてはいけない。明治維新は、現代においてもまだ続いている「一連の文明開化」である。日本人は、この「個人尊重の精神」を、単なる"借り物"のメカニズムとしてではなく、ごく自然な形でそれを実践する時代を迎えた時にこそ、いよいよ「明治維新の終焉」を迎えることになると、私は考える。
日本の企業体においては、個人の尊重というよりは、「組織の安泰」を優先する風潮がまだまだ続いている。もろん、組織の安泰なくして個人を守ることはできないが、日本における「より健全な"人間重視型"会社経営」を考える上においては、この、「組織重視と個人重視における妥当なバランス」を考えることは極めて重要な問題となる。
今、私が訴えたいことは、日本の企業体は、組織の繁栄を考えながらも、その一方で、「社員一人ひとりの生き甲斐や幸福」をも考える組織体に少しずつ改善していくべきであるということだ。
近年、バブル経済崩壊以降、"働く意欲があっても働けない人々"を苦しませた高い完全失業率が改善された影響もあり、就職や転職をすることは、さほど難しくなくなった。だが、数ある企業の中には、個々の社員に対して、「会社の言うことを聞かないんだったら、代わりの人はどこにでもいる」という端的な考え方を持ち、それをうまく立場の弱い社員に臭わせ、"ほぼ奴隷状態に近い状態"で労働させている企業も存在する。
私は、本でも講演でも、「真の意味での優良企業とは、個々の社員の個性・持ち味を上手に活かす会社である」と言い続けてきた。その大きな理由は、私自身、本来、人間社会という代物は、「一人ひとりの"人間の尊厳"と"存在価値"が相互に交錯して成り立っている集合体である」という見方をしているからだ。
私は今、より多くの企業が、単に、「人材なんてものはどこにでもいる」と安易に考えるのではなく、「ここにいる"人材"こそが会社の財産だ。会社の繁栄とそれを支える個々の社員の幸福を実現するために、個々の社員の"個性"・"持ち味"を一体どのように活用すべきなのか」と考えるようになることを強く望むばかりである。
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