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「武田VISION」

武田 美保(たけだ みほ)

アテネ五輪 シンクロナイズドスイミング 銀メダリスト

アテネ五輪で、立花美哉さんと、シンクロナイズドスイミング競技で銀メダルを獲得。
2001年の世界選手権では金メダルを獲得するなど、日本人メダリストの中では飛びぬけた数の5つのメダルを持ち、見事な演技力で常に世界を魅了してきた。

チーム競技ではチームリーダーに抜擢され、そのリーダシップ力、確かな技術力と豊かな表現力で、雰囲気を盛り上げるムードメーカーとしても活躍する。


Vol.5 「コミュニケーション (1)上下関係」
 
 今回のテーマは、生活の中で切っても切り離せないもの。さらには、それに利益や損失が絡む社会生活において、最もこのことが重要だとされているにもかかわらず、それが近年ではインターネットの普及からか不足が指摘され、また機会を増やしたところで簡単にはうまくいかないという、非常に複雑で明確な答えのないテーマ「コミュニケーション」について取り上げてみようと思います。

  小さな世界でしたが、私が長年属してきた競技シンクロ界でも、そこにはしっかりと「社会」が成立していました。皆さんが属しておられるいわゆる「社会」は、私のそれよりはるかに大きくて複雑ですが、しかし、「社会」という尺度の大きさが違ったとしても、当てはまることは数え切れない項目数であるのではないでしょうか。

皆さんと同様に、これまで私もシンクロ(皆さんで言う、お仕事)と向き合い、人と向き合い、時には葛藤を、時には悟りを開き!?ながら今日に至りました。そして、もちろん今現在も向き合いは続いています。以前と違って、少しだけ肩の力を抜いて向き合えるようになったかな、と感じながら。私なりの未だ継続中のこの取り組みを紹介させて頂くことで、皆さんの中の「気づき」のヒントになればいいなと願っています。

早速ですが、社会生活での人との関係を、以下の3つに分けてみることにしました。

「上下関係」・「対人折衝」・「チームワーク」

3つの対人関係の中で、私が競技を始めてから最初に直面した問題は「上下関係」。
この回では「上下関係」でのコミュニケーションに的を絞って進めていきたいと思います。

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 タイムを争ったり、球技のように得点の取り合いで勝敗が決まるスポーツでは、競技者の動きが悪ければ、競技者自身がそのことを認識しやすいですよね。数字として、機械などで結果が客観的に表れるし、得点を取った、取られたが、実際にそのスポーツに精通してない人にでも見えるので。

シンクロのような採点競技では、結果が人によって審査されるものなので、同じ数字で表すにしても"採点"は主観的な数字であると言えるのです。そのため、自分が良いと感じる動きができたとしても、それが自己満足だけで終わってしまう場合があります。

自分の感覚と結果が一致しないことは日常的に起こり、そこで、第三者の目が必要になってくるのです。監督やコーチが、選手達の「第三の目」として、審判員の主観に訴えかける映像、つまりは演技を客観的に見て、審判員の評価が高くなるよう導いていくのです。

ごちゃごちゃとわかりにくい説明をしましたが、シンクロでは要するに、監督と選手(上司と部下)の関係は、他の競技よりもっと密接にならざるを得ないということです。監督が選手の「目」になるのですから。

極論、自分は「白」だと思っていても、勝ちに行くために必要な、動きや、考えに対する最終的な決定は第三の目で下されるので、監督やコーチが「黒」だと言ったら、「黒」を信じて突き進むしかないのです。

 幼い頃は、それになんの疑問や違和感を抱くことなく、ただひたすらシンクロが楽しくて、上手くなりたいと一生懸命でした。成長にともなって、人間は自我が芽生えます。そこに「なぜ?」「どうして?」という感情が生まれます。それに納得いかないまま時間が過ぎていく。この状況、全くもって非生産的です。

自己の中に何らかの歪みが出てきて、人によっては体調を崩してしまったり、精神のバランスを崩してしまったりと様々な形で表れることもあるでしょう。そこで、私はコミュニケーションでそれを打開できるのではないかと、ある時気づきました。

 私は、「深く長いトンネルに入ったなあ」と思う時期がありました。
監督からのコメントがいつも「注意」ではなく、「人格否定」に聞こえてしまうのです。

その時期の前半は、人格を傷つけられたと感じることに「怒り」で応えていました。
くちごたえではなく、態度で。「納得いかない」という表情で、毎日プールで過ごしていた記憶があります。ささやかな抵抗です。

この状況はひたすら続いていきました。そして知らないうちに、「なにくそっ!」と自分を奮い立たせることもできないぐらい、心が病んでしまっている、ある日の自分がいた。これ以上自分が傷つかないように、シールドを張って、声を遠くで聞く感じ。自分の感情に言葉が入ってこないように自分で防御していました。

私の表情は、「怒り」ではなく「虚ろ」がぴったりだったと思います。こんなに心が閉じた状態では、技術的な向上は望めませんで。コメントを聞いていないのと同じですからね。

しかも、大好きだったシンクロが、当時の自分には水の中でまとわりつく「海草や髪の毛」のように、波の動きでふわあっと身体に触れては離れる、不愉快な感覚のものに感じました。そこまで来て初めて「シンクロをこんな風に思いたくないな・・・」と、ようやく感情の落ち込みに歯止めがかかりました。

ここで辞めてしまうことは、今までの自分の生きてきた証を、自らが否定することになると思いました。
ならば、どうすることでそれを回避できるのか?
私がその時に、なんとか考えて最終的に取った行動を振り返ると、この順番になります。

1. このシンクロという社会の中での秩序として、監督は必要不可欠な存在だ。
2. この社会で生きていきたいなら、関係を改善して、過ごしやすい環境を作らなければならない。
3. そういえば、監督と私(選手)の関係は一方通行だった。常に受け身だった。
4. 私に変化があれば、関係の何かが変わるに違いない。
5. 口答えは非生産的。一喝されて終わるのがオチだ。態度として何が有効的な変化に見えるのか。
6. 現状はどうか?自分は閉じていた。何も、聞こうとしていなかった。素直さを忘れていた。
7. でも、一気にシールドを開くと拒否反応を起こしてしまいそうだ。
8. 徐々にできそうなことを5つ程挙げてみよう。その中で、明日試せそうなものは?

思考の最後に出てきたものが、「はい」という返事の一言。納得していようが、いまいが、監督に対して真っ正面に「理解しました。やってみます。」という態度を表明するのです。

そうすることで、驚くべき変化が起こりました。監督の、次からのコメントが違うのです。人格否定ではなく、きちんとコメントとして、しかも発展的な内容で耳に入ってきました。

まさに「はい」の一言が、私が心を開くきっかけになったのです。心を開くと、今まで見えなかった色んなものが見えてきました。感性も磨かれます。開いた分だけあらゆる事柄をキャッチする機会が増え、そしてキャッチしたものを、この応用で思考から行動に移していくと、対人関係だけでなく物事に対する対応の自信が出てきます。   

私はこのことから、意思表明だけがコミュニケーションではないということがわかりました。
以前の私は、受け身だったと言いつつ、受け入れもしてなかったのだな、ということもわかりました。

交流がコミュニケーションであるとするならば、お互い、そのツールとして言葉を受け入れなければ交流はありません。きれい事をいうつもりはありません。嫌なこと、受け入れ難いこと、きっと人格否定と取れる言葉も社会の中では当たり前のように発されることもあるでしょう。しかし、心を開いて物事に接していれば、その中に相手が要求しているメッセージが隠されていることに気づきます。それが汲み取れれば、次に自分が発する言葉や態度に冷静さが保たれ、事柄に優先順位がつきます。

「この人にとって、この案件を先ず1番に片づけることが、不安や苛立ちを取り除くことになり、自分にとっても最速の向上につながるのだな」と、考えることができます。嫌なことを言われていたとしても、そんなことどうでもよくなってきます。「そういう表現が、伝わりやすいと思っている人なんだな」と思って。ある種の達観ですかね!?

その代わり、確固たる自信を身につけるまで、やはり傷つくことはあるでしょうけど、自分の変化が楽しみになれば、少しずつ強くなっていく自分を、自分の糧にできれば、上下関係におけるコミュニケーションはスムーズに行われていくのではないかと思います。

しかし、ここで1つ条件があります。ここまで、私は選手として、一般社会で言う「部下」としての立場からお話を進めてきました。私が途中でシンクロを辞めることなく続けてこられたのは、自分の葛藤を乗り越えたからではなく、やはり恩師である監督がずっと一貫した指導をされていたからです。

私が監督を見てきて思うのは、言葉に矛盾がありません。「前はこう言っていたのに・・・」と、いうことは一切ありませんでした。そして、変化を敏感に感じ取って下さいました。これは、選手(部下)にとって、取り組みに対する最大のご褒美です。厳しかったですが、その辺りの言葉のかけ方のタイミングなどは、やはり百戦錬磨というところなのでしょうか。

いや、きっと、監督(上司)も心をいつも開いていたからこそ、変化に敏感であり、
絶妙のタイミングが計れるのでしょうね。


 そして、もう1つ。これまた恩師から。
「言葉や行動は、自分はちゃんと伝えたつもりでも、結果として相手に伝わっていなければ何も言ってない、何も動いてないことと同じだ。」「口先だけの"ありがとう"はすぐにわかる。本当に感謝している気持ちのないありがとうなら、今後一切私にはいらん。」と言われたことがありました。

相手との意思の交流が「コミュニケーション」。言葉や行動は、それを最もわかりやすく伝えるためのツール。だから大切にしなくてはいけないし、そこに心が必要になるのです。今、新しい社会に踏み出して、私はこの重要性を感じています。その時、怒られて泣いたとしても、この大切さを知ったことは宝になっています。


 最後に皆さん。周りにいる近しい方と、たくさん話をして下さい。今日あった出来事でもいいです。面白かったテレビの話でもいいです。その代わり、相手にわかりやすく、自分のその時・その瞬間に感じていた心の中の感想を織り交ぜてみて下さい。

これを繰り返すうちに、自然といつも自分の考えを整理できるようになっているし、目上の人、あるいは上司の方と話す時にも、自分の言葉に客観性を持って伝えることができたり、一番伝えたい部分を強調して話せる表現力がついていると思います。是非、話しやすい相手を見つけて実践してみて下さい。

ちなみに、私にとっては幼い頃からそれが家族でした。
物事に対して、「諦める」という選択をしなかったのは、この支えによるものが大きいと実感しています。

メールのやりとりでも、意思の交流はもちろんできますが「文章を考える」という作業がその人の瞬発的な反応ではありません。瞬発的に出る会話には、ドキッとされられたり、はっと感心させられたり、刺激があります。話すのが不得意な人でも、心を開いて相手の話を聞くことで、何かキャッチできた部分があるはずです。それに注意深く気づいて、その中身を取り出すのが会話です。きっと人との交流が楽しくなると思います。


次回も、テーマは「コミュニケーション」について。
2つ目に挙げた「対人折衝」に焦点を当てて進めていきたいと思います。
お楽しみ!?に。



<武田 美保講師のコラム バックナンバー>
【武田VISION】
vol.4 「シンクロと私〜引退から1年を迎えて〜」
vol.3 「<形><デザイン>について」
vol.2 「人の持つ<オーラ>について」
vol.1 「伝えるということ」

【夢のつづき】
vol.6 「ありがとう&夢のつづき」
vol.5 「新しい風」
vol.4 「世界1の意味」
vol.3 「デュエットパートナーとしての私」
vol.2 「世界への挑戦のスタート」
vol.1 「夢のはじまり」

 

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