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Vol. 28 「リーダーの条件」
政治家であれ経営者であれ、およそリーダーである人々にとって、いちばん大切なものは言葉である。
人を説得し、動かすのは言葉しかない。
もちろん一時的には力で人を動かすこともできるが、歴史上それが長続きした試しはない。
残念ながらこのことを理解しているリーダーが日本には少ないように見える。
しかもその悪しき例が安倍晋三首相だ。
7月末の参院選。
「日本の首相に小沢さんがふさわしいのか、それとも私がふさわしいのか」と安倍首相は叫んだ。
そして国民は、圧倒的に小沢一郎民主党代表を選んだのである。
それなのに、首相は続投すると宣言した。
つまり自分が挑発して敗れたのに、その言葉を忘れたかのように振る舞っているのである。
記者会見でこの点を突かれると、首相は質問に答えることなく、はぐらかした。
安倍首相やその側近は、この参院選について勝敗ラインを明らかにしてこなかった。
負ける可能性があると踏んでいたからである。そしていよいよ敗色が濃厚になってくると、
参議院選挙は政権を選ぶ選挙ではないという論理を持ち出した。
衆議院の首班指名が参議院よりも優先するからである。
だから参議院で負けても政局にはならないという。
宇野内閣や橋本内閣が参議院選挙で負けて、首相を辞任したのは誤りだとでもいうのだろうか。
こうしたことはすべて安倍首相が辞任に追い込まれないための「仕掛け」であったのに、
安倍首相は「小沢か安倍か」と国民に迫ったのである。
二者択一を迫っているのに、実はそのうちの一つはもともと選択肢となっていなかった。
これは「詐欺」である。
首相の「嘘」はこれだけではない。「改革をすると国民に約束した。私は約束は守る」とも言う。
国民の側からすると、この発言には疑問符がいくつもつく。
安倍首相が首相に就任したのは昨年9月。衆議院選挙はその前の2005年9月である。
小泉純一郎首相が参議院での郵政民営化法案否決を受けて、衆議院を解散しての総選挙。
そこで圧勝した小泉首相は郵政民営化法案を成立させた。
国民は当時の小泉首相に郵政民営化を託したのであって、安倍首相に改革を託した覚えはない。
それに安倍首相は、自主憲法制定やら教育基本法改正などいわゆる「戦後レジームからの脱却」には
熱心だが、改革に熱心であるようには見えない。
骨太の方針から「構造改革」という言葉を消したのが象徴的だ。
安倍さんは選挙運動中、「改革か、逆行か」とも叫んだ。この言葉には強い違和感がある。
そもそも改革とは常に既得権益の打破である。
小泉さんが国民の圧倒的支持を受けたのは、郵政民営化を約束したからではない。
「自民党をぶっ壊す」と叫んだからである。
自民党は半世紀以上にわたって政権の座にあり、いわば既得権益の「総本山」。
そこが壊れないから日本は変わらないという気分が国民に蔓延していたときに、
その自民党をぶっ壊すという自民党のリーダーが登場した。
だから国民は小泉さんなら閉塞状況を打開してくれるかもしれないと期待した。
自民党内の「抵抗勢力」が頑張れば頑張るほど小泉支持率が上昇したのも、それが理由である。
それに比べて安倍首相はどうか。安倍さんがぶっ壊すと叫んでいるのは社会保険庁である。
社保庁はどうしようもない役所だとは思うが、別に既得権益の中心的存在ではない。
年金の周辺に群がって甘い汁を吸っていたのは、厚生労働省の幹部やら、自民党の政治家なのである。ところが安倍さんは、社保庁を解体し、労働組合員の「働かない人は再雇用しない」として、
彼らを悪者にする。自らの病巣を摘出することなく、敵を外部に求めているのである。
これではしょせん改革は無理なのだ。
こうした安倍首相の言葉遣いが、首相への信頼をどれだけ傷つけているか、
首相周辺にいる補佐官は助言しなかったのだろうか。
それとも仲間内の茶飲み話で盛り上がっているうちに、世間が見えなくなったのだろうか。
リーダーたるもの、自分の言葉を大切にしなければ、やがては自分の言葉に裏切られるものだ。
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