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Vol. 33 「2008年、最大のリスクは」
「なかなか動かない」というのが日本の政治につく枕詞(まくらことば)である時代が長く続いてきたが、どうやら21世紀になってから、それも変わってきたようだ。
動かない政治家には動くようプレッシャーがかかる。いわゆる薬害肝炎訴訟の福田総理がその典型である。決着の仕方の当否は別にして、「一律救済」という言葉が自民党や福田総理の肩に重くのしかかってきた。そして薬の投与時期によって「線引き」されていた和解案は、結局、国側の全面降伏という形になることがほぼ決まったと言える。
もちろんこれは衆議院と参議院で「ねじれ現象」となっているというのが最大の理由である。だから自民党と公明党の連立与党は衆議院総選挙をやれば、本当に下野してしまう可能性もあると恐れている。まだ実績を積むにいたっていない「小泉チルドレン」などは、自分たちが選挙区からはじき出されるのではないかと戦々恐々だ。
しかし衆参がねじれているためだけではない。有権者が、顔の見えない、あるいはビジョンの見えない総理に「ノー」と言う味を覚えたのである。その味を覚えさせたのはもちろん小泉首相だ。日本を変えなければならないということを国民に植え付け、とうとう郵政事業を民営化してしまった。自民党内に基盤のなかった小泉氏にとっては、国民の支持が頼り。しかも(ここが大事なところなのだが)支持を取り付けるために「おいしい話」をばらまくことはしなかった。「改革なくして成長なし」とキャッチフレーズを言う一方で、改革には痛みが伴うことも言った。
国民はそれを信用したのである。だから小泉内閣に高い支持率を与えた。郵政民営化法案が参議院で否決されて、小泉首相が衆議院の解散総選挙という乱暴な手法を用いたときも、国民は圧倒的に小泉内閣を支持した。ビジョンを示された国民がそれに応えたのである。
しかし小泉首相が退任してからはどうなったか。安倍首相は、「美しい国」というスローガンは掲げたものの、たとえば事務所費といった政治家のカネについては、常に自分の閣僚をかばった。松岡農水相は「なんとか還元水」で追及され、結局、自ら命を絶ってしまった。それ以来、農水相はあたかも安倍内閣の鬼門となったかのように、次々と安倍首相に祟った。小泉改革を継承すると明言していたにもかかわらず、改革の方向性すら定まらず、年金問題でとうとう自爆してしまった。
福田さんは政権を突然放棄した安倍首相に替わってほぼ全党的支持を受けて登場したのだが、総理としてのビジョンという言葉と、全党的支持という言葉は、実は矛盾するのである。自民党(民主党でも同じことだが)内にはいろいろな考え方がある。小泉さんは「抵抗勢力」というレッテルを貼って、改革に反対する勢力をなぎ倒したが、全党的支持を受けた福田さんは、そんな乱暴なことはできない。党内基盤もなく国民的支持もないという立場に追い込まれたら、それこそ政権を放棄しなければならなくなる。
その意味で、薬害肝炎で見せたあの優柔不断さは、福田総理の性格ではなく、福田政権の成立の仕方にその根っ子があるということだ。安倍さんもそうだが、しょせん失うものが多すぎる政治家に小泉首相のような真似はできないのである。
問題は、そうなると、せっかく変わろうとしていた日本はどこに行ってしまうのかということだ。たとえば独立行政法人の整理統合はとても合格点とは言えない。来年度予算を見ても、GDP(国内総生産)の1.6倍もの借金を抱えている国の予算とは思えない。道路特定財源の一般財源化もほぼ完敗である。小泉内閣の時代に改革の司令塔となった経済財政諮問会議は、「言いたいことを言いっぱなしにする場」になってしまった。
日本の改革が頓挫している間に、世界は大きく動いている。原油価格は高値で推移する可能性が高いし、世界の基軸通貨はドルからドルとユーロの二本柱に移行しつつある。2008年にはアメリカの大統領選挙があり、少なくともブッシュ政権は完全に求心力を失う。政治的にも経済的にも世界が流動化する中で、日本は下手をすると漂流しかねないのである。
日本にとって2008年に直面する最大のリスクは何かと聞かれたら、それは政治リスクである。ビジョンなき連立与党や政権が取れるかもと浮かれる民主党に、日本の舵取りを任せて大丈夫なのか、心許ない限りである。
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