|
Vol. 34 「経済も二流」
日本の政治的な停滞はもはや隠れようもないが、もともと「経済は一流、政治は二流」といわれていたのだから、国民にとっては周知の事実である。しかし大田裕子経済財政担当大臣が「経済はもはや一流と呼べるような状況ではない」と国会で答弁したのにはびっくりしたかもしれない。
国会答弁で出てきたこの発言、大田大臣は相当思い切った発言だっただろうと想像する。小泉・竹中時代には周知のように経済財政諮問会議が動かないことへの苛立ちもあるはずだ。改革の司令塔として機能したころの面影はすっかりなくなってしまったからだ。もちろん小泉内閣の後、安倍内閣、福田内閣と改革を継承すると言いながら、どんどん改革が片隅に追いやられていることへの抗議もあるのかもしれない。
そもそも「改革」とは経済の柔軟性を取り戻すことであり、既得権益を打破することである。福田内閣がなぜ改革できないのか。自民党のほとんどの派閥から支持されているからというのがひとつの理由ではあるが、それだけではない。改革とは一部の人、場合によっては多くの人にとって痛みを伴うことがあるのに、自民党そのものが参院選の大敗によってバラマキ型あるいはポピュリスト(大衆迎合主義)的な政策に逆戻りしているからだ。
もちろん政治のこうした「誤り」はどこの国でもあることだ。米FRB(連邦準備委員会)議長だったアラン・グリーンスパン氏の自伝を読んでいると、たとえばグリーンスパンの前の議長だったポール・ボルカーがインフレを抑えようとしているとき、景気が悪くなると政治家から景気対策の大合唱が起きる。経済学的には明らかに間違いと言える政策でも、政治はもっと近視眼的に動こうとするのである。
ガソリンにかかっている揮発油税の暫定税率が今国会では大きな政治的焦点なのだが、これはリッター当たり25円ほどの税金を継続するかどうかが焦点ではなく、道路特定財源を一般財源化するかどうかが本筋だ。その本筋を外したところで「暫定税率」を廃止するのか継続するのかを争点にしたために、日切れを狙うとかつなぎ法案を提出するという本質的な部分とはかけ離れた「政争」の具になってしまった。ビジョンを欠いた政治が間違った方向に議論を進めてしまう典型例だと言ってもいいかもしれない。
「二流の証拠」がもう一つある。それは1人当たりGDP(国内総生産)で日本が18位になったという内閣府の発表である。かつては2位になったこともあるのに、いまやずるずると下がった18位になったというだけでなく、1位の国ルクセンブルグなどに比べると何と1人当たりの額で半分以下だ。この「格差」はあまりにも大きくて、ちょっと愕然とする。ロンドンの地下鉄は初乗り900円、それを聞くと仰天するが日本のタクシー料金やコーヒーの値段はかつて外国人が仰天していた。
日本の上位に来ている国は、すべて欧州の国だ。ちょっと乱暴な言い方だが、欧州はEU(欧州連合)という形で各国間のバリアを外し、投資も労働力も国境を越えて自由に移動するようになっている。その結果、経済が強くなっていると言えるかもしれない。それだけで説明できるわけでもなかろうが、大きな変化の中でそれぞれの国が変わりつつあるのは事実だろう。
変わるということは、摩擦も起こすけれどもエネルギーになる。日本は人口が老齢化しつつあるというだけでなく、変化のないぬるま湯のような国なのかもしれない。そこからは新しいエネルギーは生まれにくい。もうすぐ全体のGDPでは中国に抜かれる。そのときには、アメリカ、EU、そして中国が日本の上位に来る。二流経済国からの脱却もどんどんむずかしくなっていく。
|