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「スポーツ中継の裏側」

久保田光彦 (くぼたみつひこ)

フリーアナウンサー
元テレビ東京アナウンサー

1956年 東京で生まれる
立教大学理学部物理学科 卒業
1979年 東京12チャンネル(現・テレビ東京)入社
スポーツ実況のアナウンサーとして活躍
1993年 FIFAワールドカップアジア最終予選、
世間に言われるところの『ドーハの悲劇』を実況する
2005年 テレビ東京を退社し、フリーランスとなる
現在はWOWOWでリーガエスパニョーラを担当

Vol.6 『スポーツ中継のいろは その6』

 私は今、フランスは花の都パリに、テニスの中継で来ています。全豪のときにもテニスについてお話しましたが、前回の続きでそれではテニスに絡めて、単独記録系と参りましょう。

 テニスを中継していて感じるのは、いかに選手のメンタル面が試合に影響するか、ということである。以前申し上げたがテニスはボールゲームではあるが、他に比べると少し異なる部分がある。それは、1対1で対戦するところにあるからで(もちろんダブルスもあるが・・・)、サッカーのように両チーム併せて22人の選手がいれば、個人のメンタルが登場する場面はかなり限られてくるだろう。もちろんテニスは単独記録系競技ではない。しかしメンタルをキーワードにすると、単独記録系の実況と似た要素が出て来るのである。

 ここで改めて単独記録系を定義すると、敵と対峙せず、ある目的(多くは記録)を達成するために自分一人でパフォーマンスする競技、である。陸上のフィールド競技を思い浮かべてくれれば判ると思うが、突き詰めれば自分自身との戦いであって、目に見えない相手=記録に対し、自分の技を自分一人でぶつけるのである。もちろん他の選手の記録との争いではあるが、自己記録への挑戦が一つ目標となる。

さてそこで。単独記録系の実況で重要なポイントとなるのは何か。

ここでメンタルが出てくるのだが、選手がスタートを起こすまでの時間に、選手の表情・様子をじっくりと画面で視聴者に見せて、そこで目標となる記録の説明、状況描写等を交えながら、では選手のメンタル・心理はどうなのかを解説者から引き出す。

例えば走り高跳びなら決められた設定の高さ、2m30cmなら2m30cmを振りつつ動きの実況に移るのである。『君野! 2m30cm、3回目の試技です! 君野、追い込まれました。失敗すれば、優勝の可能性はなくなります。・・・ ・・・ 君野、表情が厳しくなりました。・・・ ・・・ さあ!運命の3回目!君野スタートを起こしました!』という具合。“運命の”は今ひとつだが、選手の心理を、表現に盛り込むのが実況のポイントになるのですネ。

ボールゲームではテニスに限らず、ゴルフやボウリングなどもメンタル面が重要なポイントとなる。ただし、ゴルフやボウリングはテニス以上に単独記録系に近い。それは相手と対峙しないで、プレーするときは自分一人がプレーをし、他の競技者はそれを見守っているからで、記録に挑戦する上記のパターンと一緒だ。

以前ボウリング中継でこんなことがあった。最も賞金が高く、最も権威のある大会の、優勝のかかった終盤の第10フレームという場面を迎えたときである。リードしているI選手の10フレ第1投で、I選手は10ピンタップした。迎えた第2投。スペアをとればI選手の優勝が確定する。厭なピンの位置ではあるが、プロの選手なら普段はまず落とさない、まあスペアは問題ない状況と思われた。

がしかし。そのとき画面に映ったI選手の表情は、顔が引きつるというのを絵にするとこうなるという、まさに顔面蒼白状態だった。会場全体に何かしらの不安がよぎる。これはマズイ!そして2投目は・・・ ぎこちないアプローチから投じた2投目は、10ピンにまったく触れもせず、オープンとしてしまった。結果は大逆転負け。I選手、最後は目が大袈裟でなく、虚ろだった。

ボウリングを例にだしたが、スポーツは1球、わずか1ポイントで試合の流れが変わることが、ままある。向こうにいった流れが、あっという間にこちらに引き戻される。その分岐点を実況の中で指摘できれば、これはアナウンサー冥利といえるわけで、そのために“メンタル”と対になる“布石”という言葉が、実況で大変重要になる。メンタルを考えて、そこへ辿り着く前に事前に布石を打つのである。これはかなり難しい話で、極めて高度な内容なので、このコラムをご覧の方にはなじまないだろう。紙数も足りない。いずれ機会があれば、じっくりとお話したいと思います。

6回に亘って、私の得意分野“スポーツ実況”について、いろいろとお話させていただいたわけであるが、我々の役割は、スポーツの面白さ・素晴らしさを現場にいけない視聴者の皆さんに、現場にいるのとなるべく同じ状況で楽しんでいただくこと、と考えている。

【現場の興奮をお茶の間に!】が私のスローガンである。

今度テレビでスポーツをご覧になるとき、スポーツそのものと一緒に、
アナウンサーのパフォーマンスを観察していただけたら、違った面白さを発見するかもしれません。

アナウンサーが思いのほかさまざま表現を使っているのがお分かりいただけると思います。
是非スポーツ中継のもう一つの楽しみを見つけ出してください。

 


<久保田 光彦講師のコラム バックナンバー>

VOL.5  「スポーツ中継のいろは その5」
VOL.4  「スポーツ中継のいろは その4」
VOL.3  「スポーツ中継のいろは その3」

VOL.2  「スポーツ中継のいろは その2」

VOL.1  「スポーツ中継のいろは その1」



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