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木場 弘子のコラム「魅力溢れる人間になるために」
木場 弘子
木場 弘子(きば ひろこ)
キャスター

現在は妻、母、キャスターの三役をこなす存在として、テレビ出演、コーディネーター、講演や執筆活動など多忙な日々を過ごす。2001年より千葉大学教育学部非常勤講師に就任。 また、同年、千葉県浦安市の教育委員にも就任した。



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Vol. 3 『体験に無駄なし』
(2005年07月01日)
 若い子と話していて、気になることがある。
頭の中でシュミレーションして、行動に移すのをやめる。
物事を損か特かで判断する。妙に要領が良すぎる。

大学に行くと、学生から色々お願いされる。
卒論で企業スポーツを取り上げたいので、知り合いの企業の窓口の方の電話番号を教えてください」「○○監督と会いたいので、声をかけて頂けませんか」そういう時はこう答えるようにしている。

「まずは自分で調べて、片っ端から電話してみなさい。断られて、断られて、やっと窓口を見つけるところから、卒論は始まっている」と。意地悪でも何でもない。

失敗を恐れて、行動に移さない。  やっても無駄だと判断することは怖い。

基本的に私は無駄な経験などないと信じている。だから、小さな子どもであってもドンドン体験させて、ドンドン失敗させて欲しいと思う。

今回はそんな思いを込めて、夫の話を紹介することにした。夫と結婚して2年目の94年の1月、自主トレのため思い切って、アメリカに二人で飛んだ。結婚したシーズンは故障もあり、成績不振。彼は自分のフォームに悩み、迷路に入り込んでしまったように私には見えた。

どうして、アメリカに向かったかというと、秋季キャンプに指導に来られたメジャーの元コーチ、ハウスさんという方の理論に夫が共感し、春季キャンプ前にこちらで一緒に仕上げないかと誘ってくれたためだ。藁にもすがる思いだった。キャッチボールの相手も必要だから、何人かのチームメートも誘ったが、経費がかかることや行ったからと言って成果があるとは限らないという理由で、誰も行かなかった。

私はとにかく、フォームがわかりやすいようにカメラマンに徹して、ビデオを回し続けた。どんな角度からでもわかるよう、夫の周りをグルグル回って撮っていた。

サンディエゴ大学を借りて、野球部の学生相手に毎日、練習をしていたが、ある日、ハウスさんが「テキサスに行こう!」と笑顔で言った。その意味を私も彼もよくわかっていた。あのノーラン・ライアンに会えるという意味だ。 もしかしたら、とは出発前に聞いていたが、引退した直後だし、スケジュールもわからない。会えるとしても、行かないことにはチャンスがない。

ライアンは、野球の神様とも呼ばれ、47歳まで現役を通した剛速球投手で、彼の本「ピッチャーズ・バイブル」はプロなら誰しも読んでいるはず。当時、セ・リーグのスピード記録を持っていた夫にとっても、もちろん憧れの中の憧れの人だ。ライアンにとっても、初めて会う日本人の選手。

日本のマスコミもテキサスに取材に来ることになった。が、その2日前にロス大地震が起きて、ロス空港が封鎖され、取材陣は来られなかった。

お陰で、じっくりと落ち着いて、夫はライアンに2日に渡って、指導を受けた。彼独自の変化球も習ったが、「これが君に合うかどうかは君が判断してくれ」と付け加えられた。技術的なこともさることながら、精神面で夫は影響を受けたようだ。

「僕がピッチャーとして良くなったのは29歳を超えてからさ」30の声を聞くともう、ベテランと言われる野球界。当時、夫は28歳。焦ってもがいていた彼の気持ちがこの一言で、いかに楽になったか・・・。

しかし、帰国の空港で待っていた報道陣は「直伝の変化球で今年は大丈夫ですね」「アメリカまで渡った甲斐がありましたね」と結果を急ぐ。しかし私たちは、たとえ今年活躍できなかったとしても、この経験はいつかは生きると信じていた。

それは、もしかしたら、彼がプロの間でないかもしれない。それでもいいと思っていた。自分たちの長い人生の中で、どこかでその引き出しから思い出を引っ張り出す日が来るかもしれない。それでいいのではないかと。

残念ながら、その後も夫は復調することなく引退した。結婚後8年間の現役生活は長いトンネルの中にいるようだった。トレード、右ひじの手術、2度のテスト入団。3度の自由契約。一人息子が5歳の時に引退を迎えた。
 引退後はNHKに契約して頂き、メジャーリーグ放送を中心に解説をして5年目となる。NHKの解説者といえば、監督経験者を中心に野球界のエリートばかり。そんな中で彼が自分なりの解説をするには、正に引き出しから色んな物を引っ張り出す必要があった。

ドラフト1位で入団し、新人王やセーブ王のタイトルを取り、スピード記録を打ち立てた光の部分もあれば、不調により4球団も渡り歩き、何度も首になったというどん底の部分もある。長いプロ野球の歴史の中でもドラフト1位の選手がテスト入団したという前例はなかった。

そういう意味では、故障を抱え、二軍にいる選手の気持ちもよく分かるはず。その触れ幅の大きさを解説の中でお話していくことが使命だと。

ライアンと会った時には野茂さんもまだ海を渡っていなかった。あの日、夫はレンジャーズスタジアムのマウンドで、照れ臭そうにピッチングの真似をしていた。その後、こんなにたくさんの日本人が海を渡り、自分が解説者として、ワールドシリーズの現場に立つとは思ってもみなかったはずだ。

若い人には損得計算でなく、がむしゃらに目の前のことに取り組んで欲しい。
もちろん、私自身もそんな気持ちを忘れないよう自戒を込めてだが。

そんな姿勢がいつかは実を結ぶと信じたい。

身は結ばなくても、結果が出なくとも、必ず、自分の中にその頑張ったプロセスが何かを残すと信じている。


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