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武田 美保のコラム「武田VISION」
武田 美保
武田 美保(たけだ みほ)
アテネ五輪 シンクロナイズドスイミング 銀メダリスト

アテネ五輪で、立花美哉さんと、シンクロナイズドスイミング競技で銀メダルを獲得。
2001年の世界選手権では金メダルを獲得するなど、日本人メダリストの中では飛びぬけた数の5つのメダルを持つ。

 武田 美保講師詳細プロフィール
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Vol. 62 『ブレない生き方』
(2010年06月01日)

 電車に乗っていると必ずある雑誌の中刷り広告。私はこれをチェックするのが昔から好きで、ある日にはあまりに必死になって読んでいたところを偶然その電車に乗り合わせた知人に目撃され「ちょっと美保ちゃん見過ぎっ!!口まで開いてたよ!!」と注意を受けたことがあるほどで。それはさておき、ここ数年その中刷りに頻繁に踊るフレーズがありまして、今回はそのことについて個人的に思うところを述べさせて頂こうと思います。そのフレーズとは?

"ブレる"

です。この"ブレる"、もはや見たり聞いたりするだけで、「ああ、またか...今度は何の発言でブレたと言われてるの?」というように、あまりいいイメージに繋がることはありませんよね。一体どうしたらブレなくなるのか?ブレない人ってどういう人なのか?これを考えてみたいのですが、その上でまず、ブレるとどんなことが起こるのかを検証していきたいと思います。

 今、中刷りの"ブレる"は何を指して言われているのかといえば、主に『社会的に責任の大きい重要ポストについている方の発言に一貫性がない』ということを指していることが多いと思われますが、私は基本的に、職業や役職の大きさに関わらず、どんな人であっても、ころころ変わるその場しのぎの場当たり的な発言や言い訳をする人とは信頼関係を築けないと考えています。普段よく起こる事柄ですと『ドタキャン』をよくする人や、『私はそんなこと言ったつもりはない』と言葉をあっさり翻されたりすることなどでしょうか。1対1の個人の単位でもそういうことをされると、予定や段取りを変えなければいけなくなり「なんで約束を守っている方の私が皆に謝ったり、こんなことをしなくちゃいけないの。」とか「あなたから頼まれたことをしているのに、"そんなの知らない"といきなり責任転嫁された!」と怒りの感情も出てきますし、実際決まっていた事柄を動かすのは非常に大変で困ります。これが1回だけじゃなく、2回、3回と繰り返されると「もうこの人とは距離を置いて付き合おう」ということになってきます。

 またこれがチーム単位や、部署全体の単位、企業全体の単位、いよいよ国全体という単位にまでなると、個人の心の中に納めてことが収拾するという訳には参りません。ある意味要職に就くと、雑誌、新聞、テレビでバッシングの対象になってしまうのは仕方がないことなのかもしれません。組織のトップ一人の発言がブレることによって、そこに関わる数え切れないぐらいの方々に変更の手続きを取って頂かなくてはならなくなり、それに対する納得のいく説明(これが難しい)をして廻り、噴出するクレームの対応に追われなければならなくなります。よくあるパターンではここでまたトップがブレる発言を重ねてしまうという悪循環が。こうなると最終的にどこから軌道修正をかければいいのかぼやけてきてしまい、トップの周りで支えてきた人々も精神的・肉体的に疲労を感じフォローをする意欲も削がれてきてしまいます。トップの求心力がなくなり組織の内部がゴタゴタし出すとその取りまとめに手間がかかり、最も必要であるはずの理解を頂きたい方々に対する『今後の明確な方向性』や『説明』が省かれ、より反感を招き事態の収拾が困難になるのです。

 このように最近の事柄で検証をしてみると、ブレない方がいいに越したことがないのがよくわかりますが、しかし自分に置き換えてみると、ブレることなくいつも正しい判断や発言、言い訳をしない人間でいることができているでしょうか。不安なとき多少人の意見に左右されたり、やむを得ずドタキャンしなければならないことだってあるでしょう。少しでも心証をよくするためにその場しのぎの言い訳もしたくなります。人間はやはり弱さもある生き物なのでブレないでいることは確かに難しいことです。

 しかしこれが当たり前のように許される世の中であってしまうと信頼なんて言葉もいらなくなり、人は皆ご都合主義のやりたい放題、頑張ろうとする人も頑張る意味がなくなってきます。それを強い意志を持って実践できている人がいるから、この世の中に信頼という言葉が存在しているのでしょう。信頼があれば仕事を任され、任された仕事がきちっと全うできればさらなる信頼を生む。「あの人がいいと言うなら、私も同じ決断をします。」と言って頂けるような関係になれるのです。

 私のこれまでの人生の出会いにおいて、"ブレない"生き方をされている筆頭と言えば、恩師の井村雅代氏のお名前が挙げられます。有言実行、必ず結果を出してこられました。選手時代に実際私が井村氏の哲学を目の当たりにした出来事があります。オリンピック代表を決める人生が懸かった最終選考会。厳粛な雰囲気の中、試合は始りました。選考会に臨む選手全員は決められた全く同じ規定と演技をこなさなければなりません。代表に選抜されればチームメイトですが、選考会のときは全員ライバルです。各所属クラブでそれぞれに調整をしてくる訳ですが、同じ規定でも、どこを強調してパワーをアピールするか、高さの頂点をどのタイミングに置くかによって見栄えが大きく変わるので、そこはクラブ毎に少しずつ違いが出てきます。試合が始まっていきなり、その日の審判員の得点の傾向(何をよしとしているのか)が絞られてきました。私を含める、井村氏のクラブ所属の選手とは別のクラブの選手に高得点が挙げられたのです。強調する部分が私達がやってきた方法とは全く違うものでした。それを見て一同不安がよぎりました。すかさず井村氏は私達を呼び寄せ「私は泳ぎ方を変えろなんて絶対言わないよ。なぜなら私がそれを言ってしまうと、ずっとあなた達に嘘の練習を教えてきたことになる。私のこれまでのコーチ人生を懸けて嘘は教えてきていないから。だから今までやってきたそのままを、自信を持ってやって来なさい。」と言われたのです。私はそれを信じ、神経を研ぎ澄ませて、揺らぎなく今までの方法通りの演技で臨みました。結果、高得点を叩き出し、代表の座を射止めることができました。正直、コーチと選手の関係でこれまで理不尽だなと思うこともたくさんありました。しかしこのことで、私の根底に恩師に対する尊敬心と信頼がしっかりと根付いているなと感じた瞬間でもありました。

 ブレない人というのは、時に『意見を押し付けすぎる』とか『ワンマンだ』とか言われることがあると思います。敵も多くなるでしょう。その変わり、賛同する方々からは熱烈な支持を得て確実に事を成し遂げていける人であり、また言葉が上手い下手に関わらず、なぜそれをしたいのかという思いや熱意を人に伝えることに重点を置いている人だという気がします。あとは「敵を作っても、人に嫌われても、必ず成就させるんだ!」という覚悟を持った人とも言えるかもしれません。

 私の楽しみの一つである中刷り広告のチェック。ここからネガティブなフレーズではなく、「あの人はブレない!!」と褒める方のフレーズが多くなる日が来てほしいものです。




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